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「幻のコロッケ? なに、それ? 美味しそうだね。どこのコロッケのこと?」  一来はにこにこと笑って聞き返しました。幻のコロッケに思い当たらないようです。それもそのはず、幻のコロッケとは、アイラがそう呼んでいるだけで、駅近くの商店街にある精肉店が店先で販売している、なんの変哲もないコロッケのことだからです。  そして一来は、お肉屋さんのおじさんがぎっくり腰になった時に、商店街の精肉店の手伝いをしてあげて以来、通りかかるたびに、精肉店の奥さんにこのコロッケをもらっています。一来にとっては、幻というよりは、むしろおなじみの味と言った方がしっくりくるでしょう。  一来がコロッケをもらうところを目撃した時から、アイラは食べたいと騒いでいましたが、それでは、と、買いに行くと売り切れだったり定休日だったりと、未だに食べられずにいました。 「ほら、商店街のお肉屋さんのコロッケよ。一緒に食べたら、思い出すんじゃないかな? 身体の記憶がよみがえって。ね、食べたくなってきたでしょ?」
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