黒猫

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「嫌です」 「あら。まだ、何も言ってないんだけど」 「ダメです」 「だからまだ、何も言ってないんだってば!」 「アイラの考えていることくらい、わかりますよ。いくら雨に濡れたからと言って、私はドライヤー代わりに風を吹かせたりはしませんからね。そもそも、今朝、私が傘を持っていくようにと助言を申し上げたのに、それを無視したのはアイラでしょう」 「わかった、わかった。今度から気を付けるから。ねっ、お願い。髪の毛を一本、あげちゃうよ。精命(マナ)がたっぷり入ってるよー。だから……ね? いいじゃない。ちょっと髪を乾かすくらいのこと、してくれたって」  精命という誘惑に、ぐらりと気持ちが揺れました。私たち影の使役魔には、人間の精命はいちばんのご馳走なのです。すべての生き物の体、すべての部位に精命があるとはいえ、特に(あるじ)の精命は量、質、味において、別格……。 「ね? ながーいのを一本、あげるから」  アイラの手にはいつの間にか、長さ五センチ程の小さな銀色の鋏が握られています。そしてシャキシャキ、と音をさせて開いたり閉じたりしてみせました。
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