黒猫

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 精命(まな)。それは甘美な誘い。  生き物は生命という身体をつかさどる力と、精命という魂をつかさどる力によって、生きています。精命は量の多少、味や香りに個人差はあるものの、すべての人間の身体のすみずみに満ちているのです。 そして私たち影は、影を操る能力を持つ者に精命を与えられることにより、意識を持ち、姿を顕現(けんげん)することができます。  ただし、私に限って言うならば、すでにアイラの精命を充分に摂取しているため、存在の維持のための精命は必要ありません。しかし、それでも精命は最も抗いがたき誘惑であることには変わりないのです。ましてそれがアイラの精命とくれば……。  私がチロリ、と舌なめずりをしたのを、アイラは承知の合図と勝手にとらえ、長い髪を一本つまむと、すばやく(はさみ)で根元から切り取りました。  金糸のような髪が、スローモーションのように、アイラの手から離れ、ひらりと舞って地面に着く前に、かすめとってパクリといただきました。精命は鮮度が命。身体から切り離されたとたんに切り口からこぼれだし、劣化してしまうのです。  私は唇に付いた精命をペロリと舐めました。   「ちょっと、お行儀が悪いわよ、フラーミィ」と、アイラはすまして言うと、ニヤリと口元を緩ませました。「交渉成立、ね!」
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