紫霧

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 我慢しきれずにクスクスと笑うと、あたりにジャスミンの香りが漂ってしまいました。 「フラーミィ、笑ってるでしょ!」と言って、アイラはバンバンと足を地面に打ちつけましたが、影は踏めないものです。 「アイラ、またコロッケ買ってくるから」と一来が仏の笑顔でなだめると、アイラはふくれて「一来がいけないのよ、コロッケをあのタイミングで出すから」とブツブツ言いがかりをつけました。 「じゃあ、"やくそく”ね」と、アイラはカニのように手をチョキにすると、二回折り曲げて言いました。エアークォーツという欧米でよく使われるジェスチャーで、強調したい単語に使うのですが、アイラ達は仲間内の合図として使っていました。一来と稜佳が記憶を失う前までは。  一来が笑顔で「うん、"やくそく” だ」とエアークォーツを返しました。確かに記憶を取り戻した証です。アイラはうつむいて頬がゆるむのを隠しました。しかし影の私には逆に丸見えだということに、気が付いていません。  私はひそかにアイラを眺め、珍しい表情を胸に焼き付けました。アイラの珍しい感情や表情は、私の大好物なのです。精命の次に。
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