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 瞳が金色に変化し、身中で精命が熱く巡るのを感じます。私は金色に光る瞳を隠すため片手で顔を覆いました。その時、いつもよりも鋭敏になった嗅覚が、微かな蝋梅(ろうばい)の香りを捉えました。  とはいえ、この香りの源は花ではありません。蝋梅(ろうばい)は十二月から二月に咲く花だからです。今は五月。とすれば、この香りは同類のものなのか……?  影はそれぞれ固有の香りをまとっています。その香りは主の精命(まな)とそれぞれの影が持つ香りが合わさったもの。つまり香りは私たちの指紋のようなものなのです。  蝋梅の香りは、記憶にありませんでした。  ……それなのに、この蝋梅の香りは、遠い遠い昔の記憶の扉を引っ掻かれるような……。懐かしく郷愁を誘う香りでした。  しかし今は、蝋梅の香りに酔いしれている場合ではありません。目をつむりこの香りにひたりたいという、逆らい難い誘惑を振り切り周囲を見回すと、中庭の木の上にあの黒猫がいました。 「黒猫ッ」  私の声に、アイラも顔を振り向けました。 「あの黒猫、さっきも……! フラーミィ、追って!」 「承知いたしました」  私は胸に手をあてて一礼すると、床をすべり壁を登り天井を伝って、またたきする程の間に窓辺に到達すると、閉じた窓の隙間から、するりと抜け出しました。黒猫は木の上でこちらを悠然と見ています。
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