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「きゃっ」と、少女は小さく悲鳴をあげて、尻もちをつきました。少女の側に降り立った黒猫は、毛を逆立てて威嚇(いかく)の姿勢を取ると、フーッとうなり声を上げました。少女は目を細めて、黒猫をじっと見つめました。睨むでもなく怖がっているでもなく、観察しているような瞳です。  黒猫がふたたび少女に飛び掛かろうと、前足にぐっと力を入れました。その一瞬の溜めの瞬間、アイラがひょい、と黒猫を抱き上げました。とたんに猫は暴れ出し、アイラの手から逃れて床に飛び降りました。そして瞬く間に開いている窓に、ジャンプして飛び乗ったのです。黒猫は外に逃げ出さずに窓枠で立ち止まりました。振り返って、こちらを見ています。  喧騒(けんそう)の中、「大丈夫? ええと、ごめん、名前は……?」と、少女に手を差し伸べたのは一来でした。  ほとんどの生徒達が驚きで動けない中、体育館の反対側から走ってきたようです。 「さすが一来君! 困っている人レーダーは健在だね!」と稜佳(いつか)がほっと顔をほころばせました。  しかし、私は眉をひそめました。一来が困っている人を手助けするのはいつものことなのですが……。なにかがひっかかりました。そもそもなぜ、黒猫はこの少女に飛びかかったのでしょう? 彌羽(みわ)学園指定の体操服、指定の体育館シューズ。ストレートの黒髪は、耳の下で切り揃えられています。見た目には取り立てて変わったところはないように見えます。 「ありがとう。私、神木(かみき)紫霧(しきら)」と、少女が一来の手を取るのを見て、ハッとしました。 (ああ、なるほど、一来が誰かの名前を聞くところを見るのは初めて……だからですね)
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