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「ただの夕焼け……、そうなの? でも、とてもきれい……。紺、青、オレンジ、黄色、赤、美しい色たち」と言うと、紫霧は空を抱きしめるように手を空に差し伸べました。  風がカーテンをめくりあげ、紫霧は風を避けるように目を細めて、顔を背けました。一瞬驚いたように目を見開き、一来を指さしました。 「ねえ、一来君の顔、夕焼け色に染まってるよ」と、弾けたように笑い出しました。 「そうね、きれいだわ」  いつのまにか空に目を向けていたアイラが、そう独り言をつぶやいて、やわらかな笑みを浮かべました。  たしかに紫霧が無邪気にはしゃぐ様子は小さな子供のようで、心温まる光景……に見えます。しかし、私は和やかな印象とは逆に、ボタンを掛け違えているような気持ちの悪さを感じていました。  紫霧は目立ちます。そしてクラスの空気を変えるほどの存在です。それなのにこれまでクラスの中に紫霧がいた、という記憶は、私にはありませんでした。  加えて、同じクラスの一来はともかく、隣のクラスの稜佳までが、つい先ほどまで存在すら認知していなかった神木紫霧と、まるで旧知の親友のように一緒にいる、というのは、明らかに奇妙なことです。  自然の光景に心を揺らす無邪気さと、記憶を操作して人の心に入り込む邪悪さ。矛盾する二つの性質が紫霧の中に同居しています。そのことが、ボタンを掛け違えたシャツのように、紫霧の印象をゆがませていました。
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