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 ――アイラが嫉妬? あり得ません。アイラはanthropology(人類学)をarchaeology(考古学)と書き間違えました。しかしアイラにとって、単語の書き間違えは、それ以上でも以下でもありません。つまり他人に対し、嫉妬などの感情が生じる余地はないのです。そしてもちろん、アイラがシャープペンを投げたのではないことは、ずっとそばにいた私には、分かっています――  こんな時、影の身では間違いを指摘することもできず、不自由なものです。私はかすかな吐息をもらし、アイラの元に戻ろうとしました。  すると背後で、「アイラがシャープペンを投げたんじゃない。何かの間違いだ」と一来が反論する声が聞こえました。 「そうだよ、確かにアイラちゃんは跳び箱の十段を飛びそこねたけど……、だけどそんなことしないよ!」と稜佳も言い返しました。  一来は大股でアイラの席にやってくると、握り込んでいたシャープペンをアイラに突き出しました。 「ありが……」アイラが言いかけたお礼の言葉が、完結されることはありませんでした。一来がアイラの手のひらに、一来がシャープペンを乗せたとたん、音もなく軸が四つに折れたからです。 「え……?」と、一来が信じられないというように顔色を失って、砕けたシャープペンを凝視しました。「な、なんで、シャープペンが」と一来がアイラの手からシャープペンのかけらをつまみ上げました。角度を変え、あちこちから覗きこんでいます。 「シャーちゃん……」と、アイラはつぶやいて、一来の指先からシャープペンのかけらをすばやく取り返し、両手でそっと包み込みました。  折れたシャープペンはアイラがシャーちゃんと名付けた影の本体だったのです。一秒たらずとはいえ床に直立したのは、シャーちゃんがアイラからもらった最後の精命を絞り出して、自分だと伝えようとしたのでしょう。  アイラは無言で奥歯をギリギリと噛みしめました。アイラのサファイヤのような青い瞳が、不穏な光を放ち始めました。 「ア、アイラちゃん、落ち着いて。放課後、ファミレスで相談しよう、ね!」と稜佳がアイラの肩に手を乗せて、取りなすように言いました。
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