黒猫

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 私は小さな苛立ちを腹に納めるとアイラの足元を離れ、一来の肩にするりと移動して耳元でささやきました。幸いにして、今日は曇りです。私の姿は淡く、人目に付きづらいでしょう。  「アイラに代わって、謝罪いたします。申し訳ありません。それにしても、朝っぱらからのアイラの悪行にも腹を立てないとは、相変わらずの仏ぶりですね、一来」  そういえば、一来の耳触りのいい、よく通る声は、読経に向いています。お坊さんになったら、お経を読みあげる美声で、マダムたちをとろけさせることは間違いないでしょう。剃髪(ていはつ)袈裟(けさ)もよく似合いそうですし、眼鏡をかけた善良そうな顔も、僧侶に向いています。私は、マダムたちに取り囲まれてドギマギする僧侶姿の一来を想像して、クスクスとひそやかな笑い声を漏らしました。 「おはよう、フラーミィ。今朝は曇っているから、君こそ薄くなってしまって、調子が悪いんじゃない? 雨でも降ってきたら汚れちゃうんじゃないの?」  (なんという心遣いでしょうか!)  この程度の優しさは、一来にとって呼吸をするのと変わらないと分かっていても、主であるアイラが、雨に対してまったく無頓着なだけに、感激してしまいます。
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