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アイラはふいに、くんくん、と空気の香りをかいで、眉をひそめました。
「だけど、お祖母ちゃんがいないのに、どうやって戻ってきたの? それに、香りも変わってるし……お祖母ちゃんの精命はくちなし花の香りだったはず。今の香りは、蝋梅※……だよね」
「まあ、それはいいじゃないか。こっちにはこっちの都合ってもんがあるんだからね」黒猫は長い尻尾を立て、先っぽを左右に振りました。
「それより……、わざわざ一来の血まで使って罠まで仕掛けたんだ。何かあたしに用事でもあるんじゃないのかい?」
「うん。聞きたい事があるのよ。あのね、色んな物が、落ちてくるの」
「落ちてくるね、うん」
「そう。それで、しばらくすると砕けちゃうの」
「ほぅ……ほぅ……」
「紅霧は、何が起こっているか、知っているんでしょ? 教えて」
「うにゃ、うにゃぁぁぁぁごぉ」
「…………ねえ、ちょっと、毛糸はもういいから」
黒猫は、一来の血の付いたペーパーナプキンの他に、念のために置いておいた毛糸玉が気になってしまうらしく、手でいたずらしてはさらに絡まり、その毛糸をまたひっぱって、という悪循環に陥り、アイラの話にはまったく耳に入っていない様子です。
はぁ、とため息をつくと、アイラは黒猫を膝に抱き上げました。
※蝋梅:クスノキ目に属する植物。半透明な花びらが蝋細工のよう。冬に咲く、よい香りの花です。
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