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その日三毛猫がやってきた時、是非ともカメラで撮らせてくださいと土下座した。駄目なら五体投地する。
いかに自分が猫が好きか、猫の写真が撮りたいのか。オタク特有の早口で俺の口はべらべらと言葉を紡ぎだす。それはもう、言葉が見えれば周辺一帯が糸まみれになっているほどに。
三毛猫は困惑しながらしばらく俺と俺の指し示すカメラを交互にみていたが、鷹揚に頷いた、ように見えた。
俺は早鐘のように打ち鳴らされる心臓を押さえて警戒しながらゆっくりカメラを手元に引き寄せ、ファインダーをのぞく。猫。いい。尊い。少し緊張したような三毛猫がそこに佇んでいる。近いし距離感ばっちり、アングルもすごくいい、でも表情が硬い。もっと、もっと笑って。
俺は説得が成功した時のために背中に隠し持っていた猫じゃらしを出して振る。三毛猫の耳がピクリと揺れる。獲物を見るように少しだけ見開かれる目。むずむずする口元。今だ!
至高のタイミングでシャッターを切った。現像するまでもなく完璧な写真ができたと確信する。
人の表情を撮ることを仕事にして長年猫のストーカーを続けた俺に死角はない。
俺は今このために写真の仕事をしていたに違いない。
我が一生に一片の悔いなし!
そんな気持ちでいっぱいです。ごちそうさまです。尊い。
にゃぁ。
1人で勝手にトリップしていた俺に声がかかる。
そうだそうだ忘れていた。仕事をしなければ。
三毛猫はいつも通り庭猫フォルダから写真を探してバッタを置いた。三毛猫の表情はいつもより少し警戒しているように見えた。
すみません。
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