乙女ゲームの悪役令嬢に転生したけど生き残るだけで精一杯な件について

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◇◇◇   目が覚めると見たこともないようなゴージャスな天井が目に入ってきて、ああ、夢なんだなと思い二度寝した。そして今、これが夢じゃないことをようやく受け入れました!  前世の私はごく普通の27歳のOL。都内で一人暮らしをしていて、その日もいつも通り、大好きな乙女ゲームをプレイしながら寝落ちしたはず。なのに、朝起きると乙女ゲームの世界に転生とか。  くっ、あのコンビニスイーツまだ食べてなかったのに!いや、でも、また目が覚めたら日本に転生しているかもしれないしな。うん。しょうがない。さようなら、大好きな日本、こんにちは、乙女ゲームの世界!   クヨクヨしていてもしょうがないので、現実を受け止めることにしましょう! ◇◇◇  さてここは、大人気乙女ゲーム『天空を駆ける乙女たち』略して天女シリーズの第一シーズンの世界。貴族の子弟が多く通う名門魔法学園に入学した平民のヒロイン『アリス』が、魔法の技を磨きながら恋に友情に大忙し!という定番の学園恋愛ものだ。  で、私の役は何かというと、うん!主人公のライバルキャラにして悪役令嬢の『カトリーヌ』ですね!知ってた!『カトリーヌ』は、分かりやすい金髪のゴージャスな縦ロールに、アクアマリンのような水色の瞳、薔薇のように艶やかな赤い唇のゴージャスな美女。公爵令嬢であり、優秀な水魔法の使い手でもあるのよね。  でもひとつラッキーだったのは、この乙女ゲーム、全年齢向けの健全仕様だから、とくにザマァとか存在しないんだよね。主人公は攻略するキャラクターによって将来進む道が変わっていくし、主人公の選ぶ道によって、悪役令嬢の未来も変わっていくの。  例えば、主人公が王太子妃になった場合、カトリーヌは教育係として主人公の侍女になるし、主人公が騎士団長の息子を攻略した場合、一緒に騎士団に入団しちゃうのよね。  イベントのたびに、「ふんっ、何もわからないおばかさんのあなたにわたくしが教えて差し上げますわっ!」とかいって説明してくれるお助けキャラでもあるし、なんなら毎回イベントのたびに「今日は○○がある日ですわ!もう支度は済んでますの?」とかいって迎えにきてくれる。  悪役令嬢というよりも、もはや主人公の添え物、お助けキャラなのではなかろうか。主人公に人生左右されすぎだと思うわ。  今日はゲームのオープニングである魔法学園の入学式。これから全寮制の学園生活が始まる。まぁ、破滅エンドのない健全な乙女ゲームの世界。なんとかなるでしょ。 ◇◇◇  ―――――そう思っていた時期が私にもありました。  そう、ここは剣と魔法の世界。魔族とかモンスターとかが日常生活で容赦なく襲いかかってくるのです!  入学式の最中にワイバーンが空から攻撃してきていきなり戦闘開始!王太子殿下が素早く雷の魔法で雷撃をお見舞いし、騎士団長の息子が華麗に首を切り落とす!響き渡るワイバーンの絶叫、飛び散る血……。  女の子達、キャーとか歓声を上げてるんだけど、正気!?正気ですか!?どんっと墜ちてきたワイバーンの恨みがましい目と目が合った私は呆気なくその場で失神してしまったのでした。  その後もイベントは続き、腐ってもライバルキャラである私はそのたびに巻き込まれることに……。ある時は腐った死体に追いかけられ、ある時はドラゴンに連れ去られ。そのたびに大騒ぎしたあげくみんなの足を引っ張っている有り様。 「危険だっ!カトリーヌは下がっていろ!」 「カトリーヌ様はどこかに隠れていてください!」 「カトリーヌは……うん、留守番でいいんじゃないかな?」  主人公の攻略対象者達からも、毎回残念な子を見るような目で見られている。誰からも期待されていないライバルキャラ、いや、もうライバルキャラですらない。私のアイデンティティはどこなんだ。優秀な公爵令嬢とかいうテンプレはどこにいってしまったのだろうか。魔法など使うヒマないのだっ!だって逃げるのに忙しいからねっ!  もう、私のライフはゼロです。  チョロイゲームとか思っていてごめんなさい。なんですかこの危険な世界は!いやほんと、生きていくだけで精一杯です。  そんな私にもただ一つの希望が!それは主人公の『アリス』も日本からの転生者だったこと!テンプレ通りに動かない『カトリーヌ』を不審に思って観察していたところ、 「う、うう、日本に帰りたいよう。おかあさーん」  と校庭の片隅で、膝を抱えて泣いている私を見て転生者だと確信したらしい。以来何くれなく面倒をみてもらっている。アリス、いいこっ!  アリスの前世は乙女ゲームが大好きな元気一杯の女子高生だったらしい。この世界にも難なく適応しており、若さって素晴らしいとつくづく感じる。  ちなみに私のことは、最初小学生辺りの小さな子が転生してきたと思っていて、長女気質のアリスは放置できなかったのだと笑っていた。大変遺憾である。大人になればなるほど、未知のものに対する恐怖は増すものなのだ。でも、好きっ! ◇◇◇ 「カトリーヌはさぁ、この世界でどんなことしたいの?」  いつものように一緒にランチを楽しんでいたときに、アリスに聞かれた。転生してからいっぱいいっぱいだったので、人生のプランとか考えてもいなかった。ここは剣と魔法の世界。恋に冒険に、大忙し!な、毎日を送るのが理想なのだろう。だがっ!しかし! 「平穏な人生を送りたいわ。それはもう、ありふれた平和な人生を」  しみじみと話す私にアリスは笑う。 「それはもう、転生してくる世界、間違っちゃったねぇー」 「ほんと、心からそう思う。アリスはどう過ごしたいの?誰か好きな人、できた?」 「うーん?ゲームでやってたせいか、テンプレ通りに動くキャラってなんだか嘘くさくて魅力を感じないのよね」 「ああ~、わかるわ~。お父様とかお母様も、家族っていうか他人って感じ」 「だから、カトリーヌと一緒にいるのが一番楽しいかなっ!」 「アリスっ!!!」  この世界においてアリスはただ一人の心を許せる人。この先アリスがどんな選択肢を選ぶかわからないけれど、きっと私は、ここだけはテンプレ通りに、アリスについて行ってしまうだろう。願わくば、アリスに、テンプレ通りに進まない楽しい恋が訪れますように!  乙女ゲームの主人公にすっかり攻略されてしまった私なのでした。
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