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12話
バスルームを出て洗面所へ行く。
綺麗に片付けられた洗面台の前に立ち、鏡に顔を映す。
長方形の鏡が映しだすのは精彩を欠いた三十路前の男。ベリーショートの黒髪と銀縁眼鏡、神経質そうな薄い唇。第一印象はインテリ気取りの堅物。顔色が優れないのは最近よく眠れてないからだ。時任の死後、体重は5キロ近く落ちた。
職場では白衣で多少体型をごまかせるが、喪服代わりの黒いスーツになると窶れたのがハッキリわかる。
時任を恋人の襲撃から庇った日以降、俺と時任の関係は歪んでしまった。
時任の部屋に行きピアノを聞くまでは同じだが、その前や後に必ずすることが追加された。
「服は脱がなくていい、全部まかせろ。目を閉じて座ってるだけだ、簡単だろ」
「早く終わらせてくれ」
ある時はソファーに座らせ、ある時は床に寝かせ、ある時はベッドに連れ込んで、時任は俺を弄ぶ。
挿入はしない。
一線はこえない。
その約束で一方的に俺の身体をもてあそぶ。
「はぁっ……時任それ、変な感じだ」
「顔を隠すな」
片手で目元を遮ろうとしたら、容赦なく引っぺがされる。
時任は誰とでも自堕落に関係を結ぶ。俺に手を出したのは興味本位だ。拒もうと思えば拒めたのにそうしなかったのは、コイツの求めに一筋の希望を見出していたから。
時任の手は俺に惜しみない快楽を与えてくれる。
あの時任彼方の手が。
自由自在に鍵盤を弾きこなす素晴らしい演奏を紡ぎ出す手が、俺の身体の裏表をまさぐって奉仕を施す。
俺は今、コイツを独占している。優位に立っている。
誰もが天才と憧れ羨む時任彼方のこんな淫らでぶざまな姿を見れるのは世界に俺だけ、俺の特権だ。
「今日は趣向を変えてみるか」
時任が黒い布を持ち出した時も、頷くよりほかなかった。
「お前は理性が強いからなかなか正直になれない、目を閉じても途中で開く癖がある。なら目隠ししてしまえばいい」
「変なことするんじゃないだろうな」
「疑うのか?心外だな、これまで尽くしてやったのに」
「それはそうだが」
「もっと気持ちよくなれるんだぞ、遥」
「…………」
「嫌なら帰るか。別に止めない、好きにしろ。だがよく考えろ、俺たちの関係がばれたら困るのはどっちだ。今さらスキャンダルの一個二個どうでもいいんだ俺は、お前はどうだ、吹っ切れるか?就職にも障るかもな」
「脅すのか」
「諭してるんだよ」
時任は俺の操縦法をよく心得ていた。時任との関係がばれて不利益を被るのは願い下げだ。
時任は主、俺は従。
二人の間には歪な主従関係ができあがっていた。
行為中の時任はひたすら俺に尽くし、俺は快楽を享受するが、一方で保身の弱みから脅迫まがいの頼みを断りきれず、どんどん倒錯の色を強めていく要求に応じざるえない。
ずるずると関係を続け、ずぶずぶ泥沼にはまっていく。
「……終わったらすぐとれよ」
視界に布裏の暗闇が被さる。視覚を奪われ不安が兆す。自由意志で開け閉めできる瞼と違い、光を遮断された心許なさはすごい。
時任が頭の後ろで布を縛り、俺の腕を掴んでどこぞへ誘導する。躓かないようゆっくりと歩き、腕を引かれて椅子に掛ける。ピアノの前に連れてこられた。
「時任、何を」
「力を抜け」
「ここでやるのか」
椅子の脚が床をひっかく音。時任が椅子を移動させ、ピアノの前面にぴたりとくっ付ける。背中にピアノの冷たく固い感触。時任の手が裸の股間にもぐりこみ、萎えたペニスをまさぐりだす。
「ッ……は……」
背中にピアノを感じる。
ピアノを弾く時任の幻影が瞼裏に浮かぶ。
現実と妄想、二重に犯される。
シャツとズボンの前をはだけたまま、椅子を掴んで時任の舌と手に乱される。爪先を窄めて開き、胸板を舐め回す舌に仰け反り、股間をもみほぐす手に息だけで喘ぐ。
床に跪いたらしい時任が、股に顔を突っ込んで舌を使いだす。
「!よせ」
「気にしなくていい、好きでやるんだ」
熱く潤んだ粘膜がペニスを飲みこむ。革張りの椅子に白く強張る指が食い込み、身体が硬直する。
目隠しの向こうでしめやかな衣擦れの音と荒い息遣い、唾液を捏ねる淫猥な水音が響く。
「強情だな、掴まる物が間違ってるぞ」
「いい、から、早くしてくれっ、もたない」
目隠しされた目が蒸れて気持ち悪い。
闇が閉ざす視界に発狂しそうになる。
時任の椅子で、時任のピアノの前で、時任に犯されている。その事実が俺をたまらなく興奮させ、ペニスを固くさせていく。
「じらすなよ、さっさとイかせてくれ」
汗と涙で薄っぺらい布が不快に湿り、べっとりと顔に張り付く。
嗚咽するような声でねだり、椅子に手を食いこませて懇願すれば、時任がやっと動きを再開しラストスパート。
「っあぁ」
「目隠しした方が反応いいな。次からはこうするか」
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