6話

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6話

遥にちょっかいをかける傍ら、俺は大学の内外で色んなヤツと関係を持った。 その日マンションに連れ込んだのは、よく遊ぶジャズバーで知り合った自称シンガーソングライターだ。 「時任彼方がバイセクシャルってのはホントだったんだな、男も女もおかまいなしか。こないだのコンサート見たよ」 「チケットとれたのか?すぐ完売したはずだが」 「動画サイトにアップされてた」 「なんだただ見かよ」 「今日は生で聴かせてくれるか?それか俺の曲弾いて、お前のCD出してるトコに紹介してくれ」 とるにたらない軽薄な男だ。俺の顔と身体、コネめあてに近付いてきたのは明白だ。別にそれでかまわない、気持ちよくしてくれれば文句はない。 独り暮らしのマンションの部屋、練習室を兼ねたリビングには実家から持ちこんだグランドピアノがおいてある。物心付いた時から一緒だった、兄弟のような存在だ。 音楽を虚栄心の踏み台にする人間には邪魔でしかない。 「すっげ高そー。いくらすんの?」 「さあな。四桁か」 「マジ!?」 リビングに足を踏み入れた男の第一声だ。語彙の少なさに反比例し感嘆符が多い。俺は先行して椅子に座り、シャツのボタンを上から外していく。 「どっちが上になる?」 「じゃあ俺が。時任彼方を抱けるチャンスなんてめったにないからな」 男が生唾を飲んで歩み寄る。コイツに俺を弾きこなすのは無理そうだな、と頭の片隅の冷めた理性で惜しむ。男が俺を立たせて椅子に座り、シャツをはだけて脇腹をまさぐる。汗で湿ったてのひらが胸の突起をひっかいてぞくぞくする。 「ピアノでヤるなんて初めてだ、すげー興奮する。いい趣味してんな」 「汚したら弁償だぞ」 「おっかねえ」 抱かれるほうも抱くほうもどちらもこなす。男役も女役も柔軟に対応する。俺はわかりやすい快楽主義者で、気持ちいいか否かが行動の全てを決定する。男の手が身体に伸びてあちこちをまさぐりだす。 薄く目を瞑り前戯に集中、瞼の裏に今まで寝てきたヤツらの顔を思い描く。最初の教師、同級生、担任、ファン……『お前が誘ったんだ』『君が悪いんだ』『演奏を聴いてると昂って』『おかしくなる』 俺の演奏は麻薬だ。素人には刺激が強すぎる。 「あッぁ、あッはぁ」 熱っぽい吐息をだしてよがる。椅子に掛けた男の膝に跨り、背中をピアノに打ち付ける。赤黒い怒張が尻に埋まり、頭の中の五線譜が真っ白になっていく。 やっぱりピアノの上でするのが一番感じる。コイツと俺は一心同体だ。壊れたってかまうもんか所詮同じ穴のむじなだ、気持ちよければそれが全てだ。 「ッふっ、ッあぁっ、そこ、気持ちいい。もっとしてくれ」 「イイ声だすな、中もドロドロだ」 ピアノの蓋に乗り上げて快楽をねだる。俺の股間に屹立するペニス、鈴口から迸った精液がぱたぱたと蓋に飛び散る。目の前の男の顔が何故か遥にすりかわり、アイツを犯しながら犯されているような、奇妙な錯覚に興奮がいや増す。 「あっ……ふ」 「っ、すごい締まる……気持ちいいか彼方?」 「ああ、あっ、そこ、すごくいい……おかしくなりそうだ」 男と遥が二重になる。 繋いだ腰の動きがまた速くなりピアノがギシギシ軋む。気持ちよすぎて思考が濁る。 「こんな姿、ファンやマスコミには見せられない、なっ」 「リベンジポルノはよせよ、炎上する」 「ピアノの上で抱かれるのが好きなのかよ、変態め」 「こっちの方が興奮するだろ」 視線を感じて振り返る。廊下に遥が立っていた。愕然としている。そろそろ来る頃だと思っていた。ドアの嵌めガラス越しに流し目を送り、視線を絡めとって唇を引っ張る。不敵な弧を描く口元と眼差しに遥がうろたえ、あとじさった拍子にスリッパ立てに蹴っ躓く。 「誰だ!?」 「友達だよ。まざるか」 「時任!」 遥が苛立たしげに叫ぶ。第三者の介入にさすがにバツが悪くなったか、そそくさと服を着替えた男が逃げ出していく。 「またメールするわ」 すれちがいざまの男を冷ややかに見る遥。俺はジーンズ一枚だけ身に付けてピアノにもたれる。 「9時には行くってメールしたろ」 「生憎取り込み中でな」 「嘘吐け」 遥が怒るのは当たり前だ。そろそろ来る頃だろうと思ってあらかじめ鍵をかけずにおいたのだ。 「女役なのか」 「どっちもイケる。今日はたまたま抱かれたい気分だった」 男同士のセックスを初めて目撃したにしてはすぐ平常心を取り戻し、俺の非常識を咎める遥が面白く、軽い口調でからかってやる。 憤然とリビングに来た遥がピアノを一瞥、ポケットからティッシュをまとめて掴みだすや、さも忌々しそうに蓋に点じた白濁を拭いとる。 「ピアノの上で……汚したらどうするんだ」 少し驚いた。 他人の精液なんて汚い物を、コイツが拭き取るとは想像しなかった。同じ立場なら俺すら拭くのをためらうのに。 ピアノを粗末に扱ったのが恥ずかしくなるほど、遥の手付きは丁寧だった。ガラスの結露を拭うような、意図せずあざやかな自然さ。 「こんなのはただの道具だ。大事なのは弾く人間」 ピアノに嫉妬する心の働きが不可解だった。本心をごまかす雑さでピアノを叩けば、ティッシュをくずかごに捨てた遥が複雑そうな顔をする。 「機嫌を直せ。聴いてくだろ」 飄々とうそぶいて蓋を開けると、納得しきれないものの立ち去りがたい表情で遥が隣にやってくる。 「……ああ」 逃げる恋人を追いもしなかった癖に、俺が弾くピアノには未練たらたらな様子がおかしくもいじらしく、心をこめて一曲弾いた。
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