9話

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9話

あの夜から俺達の関係は決定的に変わってしまった。 「部屋で待ってる」 「わかった。シャワーを浴びてから行く」 「うちのを使えばいい」 「線引きは大事だろ」 あの日から遥は何かを諦めた。体面を繕うのをやめた、と言い換えてもいい。 「身体は好きに使え。でも挿れないでくれ」 「どうして。怖いのか」 「汚いじゃないか」 その一点さえ守れば、遥はとても従順だった。 聡明なアイツが俺のでまかせを鵜呑みにしたはずがない。一方で詭弁にさえ縋りたいほど追い込まれていたのだ。 遥は普通になりたい。故に普通から外れることはしたくない。筋は通っている。 毎日大学で顔を会わせる遥がどんな色っぽい顔で喘ぐか他の誰も知らない、どんな艶っぽい声で泣くか誰も知らない、俺と遥だけの秘密だ。 約束を破ればばらすと脅した。遥は全部受け入れた。 どんなに忙しくても最低週一、部屋にやってくる遥を好きにもてあそんだ。 アイツは音楽に欲情する。俺の手とピアノに興奮する。 「あっ、ぁッあ、っく、ときとッよせ」 まるでパブロフの犬だ。もてあそんでいる間は手が離せないので大音量でレコードをかけた。遥がイくまで演奏が何回リピートするか、賭けて遊んだこともある。 「今日は3回。結構もったほうだな、喜べよ」 「っは……は……」 回数を重ねるごと遥の目と心が死んでいく。目隠しを持ち出せば冷静な顔が強張った。視覚を奪われる恐怖には慣れないらしい。 色んなことを試した。色んなことに挑戦した。目隠しをした方が反応がいいのがわかった。 「外せ時任……」 「もっと頑張れるだろ」 ピアノの上で犯すのが一番興奮した。俺と一緒だ。服は脱がさず椅子に座らせ、ピアノに寄りかからせてフェラチオをする。無理矢理開かせた脚の間に跪き、股ぐらに顔を突っ込んでしゃぶる。 遥はとても頑固だ。行為中も絶対に縋り付いてこない。俺の首ったまにかじり付いてこないか期待したが、革張りの椅子に白く強張る指をめりこませて耐えぬいた。 「っは……熱……」 爪先を窄めて開き、また閉じてこみ上げる快感の荒波をやりすごす。目隠しで顔の上半分を覆っていても、表情が切なく歪むのがよくわかる。 今すぐ目隠しをとって素顔を暴きたい。もっともっとめちゃくちゃにしたい。 コイツは俺の音楽に隷属してる。 「ピアノを汚しちゃだめじゃないか、遥」 「してないぞ……」 「嘘を吐け。蓋をさわってみろ、お前の出した物でぬれてるだろ」 宙をさまよう手をとって蓋に導き、わざと白濁を拭わせる。耳たぶまで赤らめて唇を噛むのが愛しくて、もっともっと酷くしたくなる。 「今日は賭けをしようか」 「ろくでもないこと企んでるな」 「よくわかるな」 諦めて立ち尽くす遥に歩み寄り、後ろ手に隠した布を見せる。 「まずは目隠しをする。俺がピアノを弾く。一曲弾き終わるまでにイけるかどうか賭ける」 「何をすれば」 「とぼけるなよ」 眼鏡の奥の切れ長の眸が揺れる。俺がさしだす布を大人しく受け取り、代わりに眼鏡を外す遥。 「性悪だな。ピアノの腕前と見た目以外に褒める所がない」 「尽くしてやってるじゃないか」 遥から預かった眼鏡をシャツのポケットにひっかける。受け取る間際、ちらりと右てのひらの傷痕が見えた。 自ら顔に布を巻いた遥が、床に直接座り込んで準備をする。 視覚を奪われた遥にも合図が伝わりやすいように、椅子に深く掛けて軋ませる。 「行くぞ」 軽く深呼吸して鍵盤に両手をおく。遥の白く繊細な手が股間へ伸び、おずおずとジッパーを下ろしていく。 俺は耳がいい。鍵盤と向き合っていても研ぎ澄まされた聴覚は逐一息の喘ぎや衣擦れを拾い上げ、視界の外の興奮を伝えてくる。 「ッく、ッぅ」 豊饒な旋律と絡み合い加速する息遣い、脚を開き膝を立てた遥がオナニーをする、下唇を血がでるほど噛んで快楽を貪るのに集中する、遥の出す音が演奏と二重の音楽になる。 摩擦の間隔は演奏の盛り上がりに比例する。 遥の性感帯は鼓膜だ。聴覚だ。俺は熱を入れて遥を追い立てる、鍵盤に手を叩き付けて狂った旋律を紡ぐ、息遣いが呼応して荒くなりしめやかな衣擦れが響く。 マスターベーションの経験が少ない遥は気持ちよくなる近道がわからず、先走りでぬめる手を惨めに滑らせ、延々回り道をする。 「あぁッ」 床にぱたぱた白濁が散る。遥がびくびく痙攣、ぐったり突っ伏す。俺は演奏をやめない。射精の余韻で動けない遥を無視し、演奏は最高潮に達する。 「もうよせ……ッあぁ」 俺はやめない。たるんだ目隠しで目元を半端に隠したまま、すっかりバテた遥が床を掻き、弱々しく呻く。一度は果てたペニスが微痙攣して汁をたらす。鼓膜は無防備だ。粘膜は鍛えられない。一度達してもなお演奏が終わるまで苛まれ続け、可哀想な遥が息も絶え絶えに身もがく。 漸く最後の一音を弾き終えて蓋を閉めると、遥はこうべを深くたれて喘いでいる。 「一回聞きたかったんだが、それってイッたあとも玩具で嬲られる感覚に近いのか?」 目隠しをもぎとった遥が、殺したそうな眼光で睨んでくるのにぞくぞくした。
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