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2話
時任彼方が死んだ。
殺したのは、俺だ。
時任のマンションを訪れたのはアイツの死から一か月が経過し、世間がようやく落ち着きを取り戻し始めた頃だ。
連日メディアを賑わせた報道も徐々に沈静化し、誰かが誰かを殺し、誰かと誰かが破局した話題へと移り変わった。ショッキングで殺伐としたニュースが氾濫し、娯楽として日々消費される世の中では、彼方の死も過去形で処理されるのだ。
アイツの自殺以降マンション前に手向けられていた大量の花束も撤去され、エントランスは閑散としている。
金持ち向けの高級マンションだけあってセキュリティは厳重、身元の怪しい不審者は通れまい。
『どなたですか』
「先日お電話した時任彼方の友人の斑鳩遥です。時任の両親からも連絡が行ってると思いますが」
『少々お待ちください。身分証はございますか』
ドアの横手のパネルを操作し、四角い液晶に免許証を掲げてみせる。
『失礼いたしました、斑鳩遥さんでお間違いありませんね。時任さんのお部屋は11階です』
「ご丁寧にどうも」
管理人がロック解除、自動ドアがスムーズに開く。玄関を抜けると広大なロビーが迎える。落ち着いた臙脂色のソファーに観葉植物の鉢植え、奥にはエレベーターが四基並んでいる。
前に来た時と何も変わってない。
奇妙な既視感に囚われながら歩きだす。磨き抜かれた床と天井、吹き抜けの空間に硬質な靴音が響く。
振り返りしな化粧煉瓦の花壇を巡らすエントランスを確かめ、マスコミの姿がないのに安堵する。アイツとの関係を詮索されるのはごめんこうむりたい。
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