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13話
最期の夜に起きた事は、全部鮮明に覚えている。
遥の肩を抱いてマンションに到着する「ほら、着いたぞ」上下に傾ぐ視界。玄関に入った「服は脱げるか」「ああ……」寝室のベッドに無造作に投げ出す。泥酔した遥は朦朧としてろくに抵抗もできない「首元を寛げた方が楽になる」「手間をかけるな」「気にするな、腐れ縁だろ」器用にネクタイを解いてシャツの襟元を開く。
漸く異変に気付くが遅きに失す「待てよ時任」ベッドに飛び乗って服のボタンをむしる、首筋に噛み付くようなキスをする「はなせ、人を呼ぶぞ」「防音設備は完璧だ。第一助けがきたところでどう説明する、俺とお前の関係を全部暴露するのか、痴話喧嘩で片付けられるな」胸板をなめて唾液の筋を描く。
わけもわからず抵抗する遥の背広を手早く脱がす。
恐怖と嫌悪に慄く顔の横にスマホを投げ、嘲笑と共に挑発。
「婚約者にSOSを送るか?代わりに通報してくれるかもしれないぞ」
「頭冷やせよ、たちが悪いぞ」
「どうして?傷付けたくない?汚点を知られるのが怖いか」
泥酔した身体は言うことをきかず、体格と腕力で上回る俺に、いともたやすく押し倒される。
「俺とやったこと、相手にばらされたくないだろ」
耳元に吹きこんだ脅迫が気力を削ぐ。
「学生時代からずっと時任彼方のおもちゃにされてたなんて、相手が知ったらどう思うだろうな」
「俺は悪くない、そっちが勝手に」
「合意の上だ。共犯だ。一人だけ逃げるな」
独りだけ逃げるのは許さない。
「一回でいい、これっきりにする」
どうしてだ時任彼方、俺はこんな惨めで脆くて滑稽で情けない人間じゃなかったはずだ、傲慢なほど自信にあふれてお前や皆を見下してたはずだ、なのになんで取るに足らないお前なんかに縋り付く、抱かせてくれと懇願までする。
「頼む遥」
そんなの好きだからに決まってる。当たり前じゃないか。
世界中のだれよりお前に惚れてるから以外に答えがあるか。
シーツに投げ出された右手のひらの古傷を唇でなぞる。
酒瓶で裂かれた傷痕が仄かな熱を帯びて色付く。
遥がこれから受ける苦しみを少しでも紛らわせるためにCDをかける。去年収録した俺のアルバムだ。遥は全然リラックスしてない。ただただ嫌悪と恐怖に顔と全身をこわばらせ、往生際悪くベッドから逃げ出そうとする。足を掴んで引き戻し、シーツに磔にする。アルコールが回って弛緩しきった身体はろくに抵抗できず、俺の指と舌でどこもかしこも蹂躙される。
「痛ッぐ、ぁぐ」
挿入の経験のないアナルに指を突き立て、中を掘り進めていく。
「やめてくれ、吐きそうだ……気持ち悪い……」
遥が泣く。
弱々しく啜り泣く。
「痛ッぐ、やめ、ときとっ、あぁッぅ」
力ずくで脚をこじ開ける。ろくにほぐしもせず容赦なく突き入れる。大きく逞しい手で遥の目を塞ぎ、慈悲深い暗闇をおろす。
俺が一番好きなベートーヴェンの『熱情』、第三楽章が大音量で響き渡る中遥を犯す。シーツを掻き毟って悶える身体を引き立て、後ろから挿入する。手加減はできない、十年間我慢した、もう限界だ。
誰にも渡したくない一心で、強引に身体を繋げる。
遥が死に物狂いで嫌がり痛がるのを無視して、奥の奥まで抉って前立腺を叩きまくる。
遥はいやでも俺の手と音楽に欲情する、そういうふうに時間をかけて躾けたのだ。
「なんっ、で、汚いいやだ時任。気に障ったなら謝る、俺が悪かった頼む許してくれ」
欲しいのはそれじゃない
俺にはこれしかないのに
できた曲をまだ聴かせてないのに逃げるのかお前ひとりだけ幸せになるのかどこの誰とも知らない女と余生に入るのか
眼鏡が弾け飛んで床ではねる、身体を引き裂く激痛に遥が泣き叫んでシーツを掴む。
「時任、ッあっぐ、すまない、俺ッが、全部俺のせい、ぁッァ」
遥は勘違いしてるがアセクシャルだってできないことはない、俺が懇切丁寧に刺激してやれば勃ったようにやる気になればできるのだ。とても根気はいるし、コイツにとっては屈辱的かもしれないが、最初から行為が成立しないと見切りを付けるのは早すぎる。
俺のピアノを流しながら女を抱くのか。どんな顔で。どんな姿で。
想像もしたくない。
「ぁッ、あッ、うっぁっ、あぁッあ時任、やっぬけッ痛ッぁ」
俺は気持ちよくすることでしかお前を繋ぎ止められないのに、お前が人生のパートナーに選んだのは、身体の繋がりを否定しなお受け入れる同類だった。
最悪だ。
これ以上の裏切りがあるか。
俺が俺じゃなけりゃよかった、お前がお前じゃなけりゃよかった、俺はお前になれないのにお前なんか好きにならなけりゃよかった
わけもわからず泣いて謝る遥、何度も強制的に絶頂させられ果てた顔を手挟んで訴える。
「気持ちいいって言えよ」
助けてくれ。
許してくれ。
どうか、
遥の額に額を合わせ、心の底から懇願する。
「言ってくれよ、頼むから」
嘘でもいいから、どうか。
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