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聖女として異世界召喚されたけど、最低最悪なこの世界は救いません!
◇◇◇
―――昼なお暗い魔の森の奥深く。常人では決して立ち寄ることのできない深淵の地に、最強の賢者が住んでいるらしい。―――
そんな噂を、冒険者ギルドで耳にした。
◇◇◇
「なんだその最強の賢者って。聞いたこともねーなぁ?」
「最強って言うとあれかい?すげぇ攻撃魔法でも使えんのか?」
「それがなぁー、その賢者が戦ってる姿をみたものは誰もいないんだと。」
「はぁ?じゃあなんで最強なんて言われてんだよ」
「それだよ。年に数回ふらりと冒険者ギルドに現れては、高難度クエストを単独であっさり片付けちまうんだと。達成率は100%で常に無傷。」
「そいつはすげえな。相当に魔術を極めた枯れ木のようなじいさんなのか?」
「噂じゃあ、とても強そうには見えない、女みたいに華奢な美少年らしいぜ?」
「そこまでくると流石に嘘くせえなぁー!」
「違いねぇ!」
ガハハハハッ!っと下品な笑い声を上げて酒を煽る腹の出た冒険者たちの姿を、明日香はついついゴミを見るような目で見つめてしまう。
(「最強!」「賢者!」「美少年!!!」そんなファンタジーのお約束みたいな人、この世界に来てから一度もみたことないわ!)
◇◇◇
明日香は一年前、15才の誕生日を迎えたその日、突如現れた怪しい魔法陣によって異世界に召喚された。なんでも、聖女としてこの世界を救ってほしいとのこと。
冗談じゃない。なぜ、私が知らない世界を救わなければならないのか。この世界のことはこの世界の人達が解決するべきではないのか。いきなり未成年を保護者の許可なく連れ去るとは、誘拐以外のなにものでもない。
そう主張したところ、いきなり着の身着のまま城から追い出された。大変遺憾である。要するに、明日香が聖女として召喚されたことは無かったことにされたのだ。ぶっちゃけ異世界の少女なら誰でも良かったのではないかと思う。
明日香の次に召還された女の子は大層やる気がある子だったようで、さっそく勇者と一緒に魔王を倒す旅に出掛けたらしい。
あれから一年。明日香はなんとか冒険者として異世界で生き延びていた。召還されたときに手にした聖女の力は、魔物の浄化や、回復魔法を使うことができるため、何かと役立っている。
魔法が使えたり、魔物がいたり。そんなことが日常になってしまったけれど。
明日香は家に帰りたかった。大好きな日本に帰りたい。大好きな家族に会いたい。聖女の力なんていらない。異世界になんて、来たくなかったのに。
賢者なんて馬鹿らしいと思いつつ、明日香は魔の森に向かっていた。魔素を分解し、魔物を浄化し、擦り傷だらけになった手足に回復魔法を掛けながら進んだ。
◇◇◇
どれほど歩いただろうか。森の開けたところに、一件の小さな家を発見した。それはまるで……
「……日本家屋?」
前世の日本でよく見た一般的な日本の住宅。異世界に死ぬほどそぐわないその建物をみて、明日香の心臓は早鐘を打った。
(まさか、まさか、まさかっ!私と一緒の異世界転移者なの!?)
「すみません!すみません!」
明日香が少々乱暴に玄関扉を叩くと、ドアが開いて中からひとりの少年が現れた。明日香と同じ、黒い髪に黒い瞳の少年だ。
「あの!あの、私……」
勢いよく扉を叩いたものの、いざ本人が目の前にいると、何といって良いかもわからない。
少年は明日香をじっと見つめて、
「もしかして、日本から来た人?」
と話しかけてきた。
「そう!そうです!私、私、日本人で!変な人たちにこの世界に連れてこられて!日本に!か、帰りたくて!あなたの噂をギルドで聞いてきたの……」
「そっか。大変だったね。まぁ、入りなよ」
「ありがとう……」
◇◇◇
少年の名前は和也。明日香と同じ時代の、日本からの転移者だった。彼もまた戦うことを拒否した結果、城から追い出された口らしい。
「はぁ?この世界の人ってほんっとふざけてるのね!いったい何人日本から呼び寄せてんのよ!」
「本当にね。しかもいきなり手ぶらで放り出されるとか、思ってもみなかったよ」
「和也は何年前ここにきたの?私と同い年位だよね?」
「うーん?実はもう覚えてないくらい長い間、この世界にいるよ」
「えっ?どういうこと?」
「僕達さ、この世界にいる間年を取らないみたいなんだよね。下手したら永遠に生きていられるかも。ここは、地球の一瞬が永遠みたいに長く感じられる世界なのかも」
「そんなっ!」
「僕はずっと、日本に帰りたかった。でも、あまりに時がたちすぎて、諦めてたんだ。君が来て一年ってことは、今日本に帰っても、まだ僕達の生きていた時代に戻れるかもしれない」
「日本に、帰れるの?」
「うん。本当はね、とっくに異世界転移の魔法を使えるようになってたんだ」
そう言うと、家全体を包み込むようなキラキラと輝く巨大な魔法陣が現れた。
「一緒に、帰ろう?」
「うんっ!」
この世界に異世界転移してから始めて、明日香は笑った。
◇◇◇
目が覚めると自分の部屋のベッドの中で。ちゃんとパジャマまで着て寝ていた。
「……夢?」
まさかの夢落ちか、と思えて笑えてきた。
「ふふっ、そうだよね。異世界転移なんてね。でも、私には向かないなぁ。和也はちょっと、かっこよかったけど。あ、いやだ、ここ、いつの間にケガしちゃったんだろう」
見ると、腕に何かで引っ掻いたような傷ができていた。
「『ヒール!』なんちゃって!」
次の瞬間、明日香の手のひらからキラキラと光が舞い降り、跡形もなく傷が消えてしまう。
「………う、うそだぁーーーーー!!!」
こうして、現代日本に『奇跡の聖女』が誕生した。きっとどこかに『最強の賢者』も潜んでいる筈である。
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