朝月とクレマ

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 あなたを目で追い始めたときとは違って、今は私は制服の上にコートを羽織っている。私は、手袋をしているにも関わらず寒さで震えかけた手を、ぎゅっと握って歩き出した。  辺りは赤と緑の二色に包まれて、人々はふわふわと浮き足立っている気がする。朝が毎日来るように、このイベントも毎年来る。  あ、今日もいる。  私はふうっと息を吐き出した。白い息が消える前に、私たちはすれ違った。  物寂しくなって、少し俯く。  私は学校で終業式を終えて家へと足を向けた。  別にこの後予定があるわけでもない。何もすることがないのだから早く帰れば良いだけなのに、私は寂しさで胸がいっぱいになって、思わず足を止めてしまった。    期せずしてそこからは、いつも私たちがすれ違う場所がよく見えた。  ガードレールになっている柵に両手をついて、ため息をつく。 「ふう……」 「ふう……」  自分の声が誰かと重なった。驚いて声の方を向くと、毎朝見るあなたが立っていた。私と同じように手をついて、同じように息を吐いたのだ。ただ一つ私と違うのは、両手に缶コーヒーを持っていたことだった。 「飲む?」  なんの前触れもなく、あなたは言った。 「いただきます」  普通なら躊躇(ちゅうちょ)すべきところを私は遠慮なくいただいた。 「君さ、いつもすれ違うよね。確かその辺で」  あなたは毎朝私たちがすれ違うところを指差して言った。  私は熱くて苦いコーヒーに顔をしかめながら、はい、と返事をした。 「元気ないね。クリスマスイブだから?」 「そう……かもしれません」  あなたも元気はない。  声のトーンですぐに分かった。  もっと無邪気な感じだと思っていたのに、初めて聞くその声は驚くほど憂いを帯びていた。 「君、モテそうなのにね。背高いし」  背が高いからモテるというわけではないと思う。   素直に言うべきなのかわからなかったが、悩んだ末に何も言わなかった。 「俺はね、振られちゃったよ。会社で仲いい女の子がいてさ、クリスマスには告白するって決めてたんだけど、『彼氏いるから』ってあっさり……ダサいよな」  あなたは初対面だというのに滔々(とうとう)と話した。自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。 「何か悩んでることがあるなら、話して。それで君が楽になるなら。話したくなかったら別にいいんだけど」  あなたは優しい笑顔を私に向けた。  私はあなたの笑顔を初めて見た。半年間も顔を見続けていたのに。  私はコーヒーを飲み干すと、考えるより先に口が動いていた。 「私、ほんとは女の子なんです」
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