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「ごめんなさい、何言ってるかわからないですよね」
「うん。全然わからん」
そう言いつつも、あなたは嫌な顔一つしなかった。自分だって辛いはずなのに、私の悩みを聴こうとしてくれている。
「私、男の子に見えますよね」
「まあ、ね」
あなたは私の、コートから飛び出た制服のズボンと黒い短髪をそれぞれチラリと見た。
「でも自分は女の子だと思っているというか、心は女の子だというか……いわゆるトランスジェンダーってやつです」
「トランスジェンダー」
あなたは興味深そうに繰り返した。
「自分の性もよくわかっていないのに、恋愛などできるはずもなくて……この時期になると、どうして人は簡単に恋愛ができるんだろうって思っちゃって、すごく寂しくなるんです」
あなたが滔々と話したように、私も心に押し込んでいた悩みを話した。一度話し始めると堰を切ったように言いたいことが溢れてきた。
私が思いつくままに喋っている間、あなたはずっと優しい目で聴いてくれた。
「毎日毎日、我慢し続けて、辛くて——もう限界だと思ったときに、あなたに気づきました。不穏な社会に染まらないあなたを毎朝少しだけ見ることが、私にとっての希望だったんです。あなたのような人がいるから、私はまだ頑張れる、と……」
私も大概だなあ。今まで誰にも打ち明けてこなかった悩みをよりによって本人に話してしまうなんて。
ぼんやりとそんなことを考えてしまうくらい、私はもう、心が限界だった。
「……あなたはどうしてそんなに優しいのですか?」
あなたは、いつのまにか私の頬を伝っていた涙を優しく拭った。
「俺、すっごいお人好しでさ、人によってはお節介って言われるんだけど、君みたいな人を見ると放って置けないんだよね」
「そう、ですか」
「うん。君が心から幸せだって思えるようになるまで、君のそばにいる」
迷いも見せず、あなたは言い切った。
「あなたも辛いことがあったのに」
「そうだったね。なんか、もうどうでもいいや」
辺りは暗くなりかけていた。
「行こ。君の話、もっと聴きたい」
あなたはどこに行くのかわからなかった。
けれど、どこでもいい。あなたのそばならどこでも。
「あ、コーヒーおいしかった?」
思い出したようにあなたが言った。
「苦くてあまり好きではなかったんですけど……」
私は少しだけ口の端を上げた。
「今日はちょっとだけ良さがわかった気がします」
あなたは口を大きく開けて笑った。
声は白い息とともに、素月に届きそうだった。
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