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2. 失礼な和風イケメン
こういう状況で、「ただいまー。ひさしぶりー」なんて明るく帰ろうっていうのに無理がある。
私はゴロゴロとキャリーを引きずりながら、気がついたら実家の方向とは真逆の、興福寺の方に向かってのろのろと歩き始めていた。
炎天下を重い荷物を持って歩くのはきつかったが、それでも移動で疲れた体と頭であの母と対峙すると思うと、憂鬱さのあまりその場から動けなくなりそうだった。
現実逃避なのは分かっている。
けれど、とりあえず少しそのあたりを歩きまわって、考えを整理してから実家へ向かおうと思ったのだ。
興福寺から猿沢池の方へと下っていくには五十二段の石段がある。
階段の上から見える猿沢池とそのほとりに立つ柳の木の風景がきれいで憂鬱な気分も一瞬忘れて見惚れているとふいに背中にどんっと何かがぶつかってきた。
「きゃ……っ」
ぐらっと体が傾く。焦って態勢を立て直そうとしたけれど、7センチのウェッジソールでは踏ん張りがきかない。
そのまま階段にむかって倒れそうになったのを、
「危なっ!」
後ろからぐいっと引き戻された。
かわりに踏ん張ろうとした拍子にぶつかってしまった黒のキャリーが派手な音を立てて階段を転げ落ちていく。
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