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一番下まで落ちてアスファルトに叩きつけられたキャリーはそのまま勢いあまって車道の方まで滑っていく。
「大丈夫?」
「は、はい……」
「ちょっとここで待っとって」
腕をつかんで後ろから支えてくれたその男性は、わたしをその場に座らせると飛ぶように石段を駆け下りていった。
車道に出てしまったキャリーを拾い上げ、落下の拍子に破損したらしい部品も拾ってくれている。
「あ……」
自分で拾わなきゃ、と立ち上がりかけると
「ええよ! そこで待ってて!」
と下から制された。
まだ若い男性だけれど、陶芸家のひとが着るような藍色の作務衣を着ている。
キャリーを運び上げてくれながら、彼は階段の途中でその様子を見ていた小学校低学年くらいの男の子にた何か声をかけた。
男の子は黙ってぱっと走って行ってしまった。
「大丈夫? 怪我はない?」
男性が階段をあがってきて訊ねてくれた。
「は、はい。おかげさまで……」
お礼を言おうとして声が震えているのに気がついた。
みると、膝も小さく震えている。
男性が運んできてくれたキャリーは、車輪が四つのうち二つが吹き飛び、側面が大きくへこんでいた。
この人が助けてくれなかったら自分が、ここから転げ落ちていたんだと思うと今更ながらに恐ろしくなった。
「謝りもせんとひどいなあ。親はどこにおるんや」
男性が走っていった男の子の方をふり返って言った。
それで私ははじめて、自分がその子にぶつかられてバランスを崩したことに気がついた。
「立てる?」
男性が手を差し出した。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
私は慌てて立ち上がろうとした。
「ゆっくりでいいよ。まずはここからちょっと下ろうか」
男性は私のキャリーと、ボストンバッグを両手に持って、少し離れた場所に置いた。
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