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「あの子もあの子やけど、そっちも危ないよ。そんな靴で、そんな大荷物で石段おりるなんて自殺行為だ」
「す、すみません」
「このガラガラも皆、平気で階段やエスカレーターでも持ち歩いてるけど怖いんだよな。いつ頭上から降ってくるか、上にいられるとヒヤヒヤする」
「はい……」
「今だって下に誰もいなかったから良いようなものの、誰かおったら大怪我だよ。小さい子やお年寄りだったら命に関わるわ」
「……」
「そもそも、こんなん持って階段の上でぼけ~っとしとること自体が非常識なんだよなー。ちょっと想像すればわかるはずなのに」
た、助けてもらってなんだけど、今はじめて会ったのにずいぶんズケズケした言い方するんだな……。
見た目は私とそう変わらない、二十代後半くらいに見えるのになんだか職場の口うるさい上司の言い方に似てる。
男性は、私のキャリーを引っ繰り返しながら底の車輪の破損したところを見ていた。
「あー。ダメだな、これ。留め具のとこが完全に割れとる。だいぶ派手に落ちたしなー」
「すみません。ありがとうございました」
私は深々と頭を下げて、キャリーを受け取ろうと手を伸ばした。
けれど男性は、壊れたキャリーを持ったままもう片方の手で軽々と私のボストンも持ち上げた。
「これじゃこの先困るやろ? 近くに修理屋やってる知り合おるからそこで直してくれるよう頼んであげよか」
「えっ!?」
私は思わず声をあげた。
「い、いいです。そんな」
「いいって、だって困るだろ。一時間くらいで直ると思うから」
「い、いえいえ。ほんとに大丈夫ですから!」
私は慌てて男性が持っているボストンの持ち手に手をかけた。
助けられた感謝の念を押しのけて、今さっき感じた僅かな違和感がみるみるうちに膨らんでくる。
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