6.情欲の罠

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「ちょっと、何するのっ?」  ふりほどこうとするが、抱きしめる腕の力は強くてびくともしない。 「ちょっと、東風……っ」 「暴れるなって。まあ、ちょっとこっちへ来いよ」  そう言って引きずるように狭い路地に連れ込まれる。 「やっと二人っきりになれたな。ずっとこの時を待ってたんだ」  東風は藍珠を抱きしめたまま言った。 「何言ってるの? 冗談はやめてよ」 「冗談なもんか。俺はずっとおまえを狙ってたんだ。集落にいる時は涼雲の野郎がぴったりくっついてるから手が出せなかったけど、ここなら邪魔は入らないもんな」 (狙ってたって……)  まるで、狩りの獲物の話でもするような言い方に、藍珠はぞっと鳥肌立った。 「離して。触らないでよ」 「なんだよ。つれないじゃないか。俺だって涼雲と同じ幼馴染だろう。あいつにばっかり媚売りやがって。もう接吻(キス)はしたのかよ」 「いやらしいこと言わないで! 何よ、あなたなんて、ずっと私のこと不吉な凶星だって言って苛めてたじゃない。今頃、何言ってるのよ。私なんかに触ったら不吉なんじゃなかったの!?」 「あっちではそう言わないと玲氏さまやその取り巻きの婆連中がうるさいだろ。若い男どもは誰もそんなもの気にしちゃいない。おまえのこの、絹糸みたいな黒髪や、黒曜石みたいな目、すべすべの白い肌のことしか頭にないやつばっかりさ。実際、翠蓮さまは可愛らしいことは可愛らしいけど、女としてはおまえの方がずっと美味そうだもんな」  言いながら東風は、片腕で藍珠の細い腰を抱えこんで身動きを封じ、もう片方の手で忙しく藍珠のからだをまさぐってくる。  耳元に熱い息がかかり、ぞっとした藍珠は渾身の力で東風の腕のなかから抜け出した。 「いやっ! 触らないで、汚らわしい!」 「なんだよ。ご令嬢みたいなことを言うじゃないか。淫婦の娘のくせに。おまえの母親が色気で首長を誑かしたのは皆が知ってるぜ」 「母さまはそんなんじゃない! 誇り高い(ラン)族の首長の娘だったのよ。侮辱したら許さない!」 「別に侮辱してやしないさ。むしろ褒めてるんだ。玲氏さまを死ぬほど怖がってる首長が、我慢できずに手を出して、ほんの一時とはいえ夢中になったなんて、いったい、おまえの母親はどれだけ『いい』んだろうなってな。部族の男たちは皆、言ってるよ」 「何を……」  東風の言葉のなかにある淫靡な響きを感じ取って藍珠は後ずさった。  東風の目は、ぎらぎらと暗い光を放ち舐めまわすように藍珠の全身を見ている。 (いやだ。怖い、気持ち悪い……)  東風の視線がさらに熱を帯びたのを感じた藍珠は、視線を落とし小さく悲鳴を上げた。  帯がゆるみ、胸元のあわせがはだけかかっている。  そこからわずかに白い肌が覗いているのに気づいて藍珠は慌てて胸元を掻き合わせた。
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