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「先ほどの男に絡まれて、ここへ連れ込まれていたらしい。ちょうど通りかかったので助けてやった」
「それはそれはご親切な。しかし、こんなところで市井の花に構っている場合ではございませんよ。早く宮……いえ、お屋敷にお戻り下さいませ。それこそ天下の百花が競って若様をお待ちでございましょう」
「香と白粉の匂いでまぶされた砂糖菓子みたいな花たちがね。それが気がすすまないからこうしてここに来ているんだろう」
「またそんな我が儘を。皇……いえ、お母上さまがお許しになられませんぞ」
男はうるさそうに供の者に手を振って、藍珠の顔を覗き込んだ。
「どうした? どこか痛めたのか」
「い、いえ。大丈夫です」
そう言って立ち去ろうとするのだが、足が痛んでうまく歩けない。
片足に重心をかけながら、少しずつ歩こうとすれば出来るのだが、そうしてよろよろと歩き始めた途端、いきなり男に抱き上げられてしまった。
「きゃっ」
「陛……いや、若様、何を」
「見れば分かるだろう。この佳人は足を怪我している。連れ帰って手当してやろう」
「そんな……大丈夫です。私歩けます!」
藍珠は叫び、供の者たちも慌てて止めにかかった。
「何を仰っているのです。今夜が何の日かお忘れになられたのですか。一刻も早くお戻りいただかなければならないのにそのような娘に構うなど……」
「手当ならば我々がいたします。若様はともかくお戻りを」
けれど男は構わず、藍珠を抱いたまま歩き出した。
「嫌だ。余は今宵、この娘と過ごす。なあに、母上は私が新しい花を迎えれば満足なのだろう。だったらこの可憐な花を愛でてもいいではないか」
そのまま、少し離れたところに置いてあった馬車に乗り込む。
あまりの成り行きに茫然としている藍珠を乗せたまま、馬車は男に命じられて走り出した。
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