8.お忍びの皇帝

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8.お忍びの皇帝

「困ります。おろして下さい」   藍珠は懸命に訴えたが、男は涼しい顔で聞き流している。 「困っているところを私が助けてやったんだろう。礼くらいしてくれてもいいんじゃないのか」  藍珠は困り果てた。 「お礼と言われても、私には差し上げられるようなものは何もありません」 「そうだろう? だったら礼のかわりに一晩くらい私に付き合ってもいいじゃないかと言っているんだ」  藍珠は青ざめて、唇を噛んだ。  せっかく助けて貰ったと思ったのに、これではやっていることは東風と変わらないではないか。 (これだから、涼雲以外の男なんて大嫌いよ。皆、乱暴で意地悪でいやらしくて……)  藍珠はきっと男をにらみつけた。 「冗談はやめて下さい。私をすぐに下ろして。さもないと大声を出しますよ」 「構わないよ。私は何をしても許される身なのだからな」  なんて傲慢な男だろう。  どこの富豪の放蕩息子か知らないけど、東風から逃れたと思ったら今度はこんな男に目をつけられるなんて。  つくづく自分の運のなさが情けなくなる。  藍珠の顔をみて、男は小さく笑った。 「そんな今にも噛みつきそうな目で睨まなくてもいいだろう。何もとって食おうってわけじゃないんだ。ただ、私の家で足を手当てしてやる間、ちょっと話し相手になってくれればそれでいい」 「どこのどなたか知らない方のお家に伺うわけには参りません」 「これはなかなか情が怖い。そうだな。私は……小鷹(シャオイン)という。この王都に住んでいる。君の名は?」 「……」  藍珠が黙って顔を背けると、男は 「人の名を聞いておいて自分は名乗れないのか。失礼な女だな」 と言った。
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