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「あなたが勝手に名乗ったのでしょう?」
「何? 君が私の名を聞いたからだろう」
「別にお名前なんて聞いてません。知らない方のお家には伺えませんといっただけです。いいから下ろして下さい」
「嫌だ。名前を聞くまで帰さない」
「何ですって?」
「名前と身分を教えてくれ。次に会う約束をしてくれたら帰してやろう」
「いい加減にして!」
藍珠は腹を立てて叫び、無理矢理馬車から降りようとした。
「おい、危ないぞ」
「ほうっておいて!」
藍珠が飛び降りようとするのを見て、男は慌てて馬車を止めさせた。
「どうなさいました?」
寄ってきた従者らしい男を藍珠は睨みつけた。
「どうなさいましたじゃないわ。あなたたちもお供ならちゃんとご主人を諫めて下さい!」
呆気にとられている男たちをよそに、藍珠は痛めた足を引きずるようにして歩き出した。
「おい。無茶をするな。悪かったよ。家まで送ってやるから乗れ」
小鷹が馬車から身を乗り出していったが、藍珠は顔だけで振り向いて言い返した。
「結構です。もう私のことは放っておいて下さい」
「なんだよ、せっかく助けてやったのに」
「それについてはお礼を申し上げます。でも、夫のいる身で夜更けに他の殿方のお話相手をつとめることは出来ません!」
「夫?」
小鷹が、驚いたように言った。
「君は結婚してるのか? まさかさっきの男がそうなのか?」
「違います!」
藍珠は腹を立てて言った。
「あんな嫌らしい痴漢とは似てもにつかない素敵な人よ。もちろんあなたともね。ですから私のことはもう放っておいてちょうだい!」
言いながら藍珠は、痛む足で懸命に歩き続けた。
少しでも馬車から遠ざかりたかった。
茫然とその後ろ姿を見送る小鷹に、従者の一人が苦笑していった。
「残念でしたね。皇上」
「外では若様と呼べ」
「さすがの若様も人妻に手を出すわけにはいきませんよね。それでは古の暴君、魁陽帝と一緒になってしまう」
「うるさいぞ」
小鷹はいまいましげに従者を睨みつけた。
それは時の皇帝──玉鷹帝、飛鷹と、幼馴染でもある侍衛の永峻だった。
「あの若さで人妻だと? せいぜい十六、七くらいだろう」
「庶民には生活がありますからね。さっさと身を固めて家業にせいを出さないと暮らしていけないんですよ。いつまでもフラフラしている誰かさんとは違います」
「何だと」
飛鷹が睨みつけても、永峻は涼しい顔をしていた。
「そんなことより、本当にもう皇宮に戻りますよ。今夜は新しい妃たちのお披露目の席なんですから。肝心の皇帝陛下がお留守では話になりませんよ」
永峻はそう言うと、飛鷹の返事も待たずに馬車を出すように命じた。
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