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「えっ、ちょっと……っ!!」
慌てて押し返そうとしながら、雫は真っ青になった。
(夫!? 何言ってるの、この人。っていうか、これってもしかしなくてももの凄くまずい状況なんじゃ……)
ここは、石段をかなり上った坂の上にあってこの屋敷自体が異様に広いこともあってすぐ近くには他の家もない。
石段の下には普通の住宅地が広がっていたが、そこまではかなり距離がある。
ここで雫が悲鳴をあげたところで、誰かが気づいて助けに来てくれる可能性はものすごく低い。
(や、やだ! やっぱりオーナーについてきて貰えば良かったよ……!)
カフェのオーナーの高木さんはご夫妻そろってもの凄くいい人で、今日も突然降って湧いた、雫の祖父の相続話を心配して、一緒に行こうかと言ってくれていたのだ。
せっかくの休日に迷惑をかけては申し訳ないと思い、
「ちょっと見てくるだけですから。どちらにしても相続の話とか断るつもりですし」
と言って一人で来てしまったのだが、まさかこんなことになるなんて。
「ちょっと、離して下さい!」
「どうして? 雫。ずっと会いたかったよ。もう離さない」
(ずっと会いたかったも何も今が初対面じゃないの)
この真冬に薄手の着物なんかでうろうろしているし、ちょっとおかしい人なのかもしれない。
刺激したらよけいまずいのかもしれないけど、かといってこのままおとなしく言うなりになるなんて絶対に嫌だ。
雫は渾身の力で男の腕を振りほどいて逃げ出した。
「あ、待って。雫」
男の声が追いかけてくる。
(冗談。待てといわれて待つわけないでしょ!)
とにかく思いきり走って逃げて、そこで110番してやる!
祖父の知り合いだろうがなんだろうが構うもんか。
これはれっきとした痴漢行為、犯罪よ!!
そう思って門を飛び出し、石段に向かって駆けだした雫は次の瞬間、愕然とした。
(石段が、ない……!!)
つい、さっき上ってきたはずの石段がきれいさっぱりと消え、あったはずの場所には白い霧のようなものが広がっている。
(どういうこと……!!)
思ったときにはもう遅く、雫は前のめりに走ってきた勢いのまま、その霧のなかに飛び込んでしまった。
目の前が真っ白になる。
次の瞬間、雫は自分がすうっと落下しているのを感じた。
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