1.とあるパーティーの日

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1.とあるパーティーの日

 シンプルな紺色のカジュアルドレスに身を包んだ中沢久実(なかざわくみ)は、今日のために奮発した着物で品の良さを演出した祖母の村上富美子(むらかみふみこ)と、開始時刻より1時間ほど早くホテルのパーティー会場へ入った。  会場には6人掛けの丸テーブルが8つ用意されているが、その半分ほどが出席者で埋まっていた。座っているのは全員50~70代の女性である。  1歳でも……いや、1ヶ月でも若く見せた者勝ちコンテストの控え室かと思うくらい、皆一様に高価なドレスや着物と濃いメイクでキメていた。    彼女たちは近況報告や世間話を楽しむために1時間以上前に到着しているのだ。久実も富美子とテーブルに向かい、顔なじみの皆と挨拶を交わす。  すると後方から絵に描いたような貴婦人の声がした。 「富美子さん、久実ちゃん、こんにちは」    振り返らずとも声の主は分かる。  やはり鈴原君枝が立っていた。語尾に「ざます」を付けないのが不自然に感じるような顔をしている君枝は、20年前にこのパーティーを企画したリーダー的存在の女性である。年齢は富美子より3つ上と聞いているので64歳のはずだ。  久実は富美子と共に挨拶を返してから、「わあ君枝さん、素敵なドレス!」  と両眉を限界までジャンプさせて芝居に入った。持ち上げておかないと機嫌をそこねて面倒な人なのだ。    富美子は君枝と付き合いは長いが、空世辞は苦手なので久実がいつも女優になる。額にシワができたらその原因の数%はこの人のせいだろう。 「あらそう?ちょっと大胆過ぎたかしらと思ってたのに」  君枝が出席者の中で一番目立つ出で立ちなのは毎年のことだが、今年は特に胸元が大きく開いたドレスを着ていた。    久実は慣れきったいつもの芝居をしながらも、今回は内心の苦笑いが悟られないか心配だった。 「君枝さんはスタイルがいいから何でも似合って羨ましいですぅ!」 「久美ちゃんとの年の差を1日でも縮めようと必死なのよ」 ━1ヶ月どころか1日単位だったーっ!  君枝のドレスは目のやり場に困るところだったが、今日は取り繕う先があったので助かった。君枝が小さな女の子を連れていたからだ。    ピンク色のドレスと頭の大きな赤いリボンがとても可愛らしい。どうやら君枝はこの子のトイレに付き添って戻って来たところのようだ。 「君枝さん、こちらのかわいい女の子は……妹さん?」 「まーた久実ちゃんったら」  久実のジョークが聞こえた人たちが笑っている。元々ジョークなど言うタイプではなかったが、何年も君枝のご機嫌を取るために話しているうちにスキルが身についてしまった。 「孫よ」 「お名前は?いくつ?」  やっと会話に入ってきた富美子が屈んで女の子に尋ねた。 「かのん。5さい」  香音は恥ずかしがって目線を逸らせて答えた。 「5歳なら久実を連れてきた時と同じ年ね」  富美子が感慨深そうに香音から久実に視線を移した。久実もその時の記憶が一部残っている。君枝も懐かしそうに久実に視線を向けてきた。 「早いわねえ。いつのまにかこんなに大人っぽくなっちゃって」 「君枝さん、私21ですよ。大人っぽいって言うか大人なんですけどぉ」  久実は頬を膨らませておどけた。 「それはごめんあそばせ。でもどんどん綺麗になっていくわよね。素敵な恋人でもいるのかしら」 「そんな人がいたらもっと色っぽくなってますよ」 「あらそうなの。じゃあ誰かいい人紹介してあげるわよ。昔から早く結婚したいって言ってるものね久実ちゃん」  今時の都会暮らしの女性だと21歳での結婚は早い印象があるが、久実は母も祖母も19~20歳で結婚・出産している影響から、子供の頃からできるだけ若いうちの結婚に強く憧れていた。21では遅いくらいだ。 「ちなみに私、男の好みめちゃくちゃうるさいですから」    本当に紹介されないように牽制しておいた。君枝の紹介など面倒でたまらない。 「こんな生意気で嫁のもらい手いるかしら」   富美子が茶々を入れてきてそのまま君枝と2人で話し始めた。    体の余った久実は他の出席者たちに声をかけて談笑をしながら、この「和泉重一(いずみじゅういち)誕生日パーティー」の開始までの時間を過ごした。
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