第1章 惑乱の月

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 真一文字に結ばれていた、常夜の薄い唇が動いた。まつげがわずかに震える。  目を開き、ゆっくりと常夜が起き上がる。  それだけで部屋の空気は、夜気が入り込んだかのように涼しくなった。  常夜は夜の色の黒髪をしており、その白い顔は切れ長の目を持つ美貌だ。背丈も高く、細身ながらも均整の取れた身体付きをしている。涼しげな美貌であるとともに、どこにいても剣呑な獣の如き存在感を放って、人目を惹く。常夜の外見はそんなところだ。月彦はその美貌を確認する度に、目が覚めるような思いとなる。  以前、月彦が常夜を高校まで迎えに行ったとき、通りかかった他の生徒が「抜身みたいなおっかない奴」と遠巻きから評していたこともあった。どういうことなのかと後で当人に聞いてみたら、近隣校の不良のボスに喧嘩を売られ打ち負かした、とのことだ。  月彦はそんな常夜に臆したりすることはない。友人の気軽さで接している。 「はい、今日の夕飯」  手にしていたコンビニ袋を差し出す。行きがけに買ってきたのだ。 「なんだ、おせっかいな奴だな」 「君は平然と食事を抜くからね」 「俺は最近あまり食欲がないんだよ」  消極的に言いつつも常夜は中身を探って、割り箸を割った。 「ちゃんとテーブルで食べな」 「わかったよ」  常夜は弁当を持って渋々と、部屋の真ん中に据えられたテーブルに移動する。月彦は向かい合わせになって胡座をかいた。  テーブルとベッドと作り付けのクローゼット以外、何もない部屋だ。それを見回す度に月彦は、友人の生活が心配にもなるのだ。  食べている常夜に、月彦は頃合いを見て切り出した。 「ここに来る途中、月見(ツキミ)橋の河川敷に警察が出動してた。野次馬も群がってたよ」  常夜の箸の動きが止まり、目線をこちらに合わせてくる。 「野次馬から訊いてみたんだけど……また例のだよ」
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