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「えっと、霧島君って結婚してたんだね」
「あぁ、四年前にね。もう娘がお転婆で大変だよ」
「そう、なんだ……おめでとう」
「ありがとう。それじゃあ、そろそろ行くよ」
かろうじて挨拶を返すと女の子が元気に手を振って女性が会釈をしてくれたけど正直なところ上手く笑えていたか自信がないまま見送る。
──メイって、誰が付けたの?どんな気持ちで呼んでるの?
口に出せなかった言葉が私の頭の中を掻き乱すせいで涙が零れ落ちる。
霧島君の記憶が戻る事を芽衣が望んでいたわけではないのだから記憶のない彼が誰と結婚しようと私にとやかく言う権利はない。
それでも芽衣の気持ちを蔑ろにされたような裏切られたような悲しみと苛立ちを感じたまま私は墓地をあとにした。
「ただいま……」
『彩月ちゃん、おかえりなさい。お母様ならお昼寝されてますよ……』
「そっか。ただいま、知恵さん。お母さんは、あとで起こすよ。」
『えぇ……ところで彩月ちゃん、どうかしたのですか……?』
我慢する理由がない私は知恵さんを部屋に連れて行き一部始終を話した。
「知恵さん、これって仕方ないんだよね?」
『えぇ、私は三日三晩……彼の枕元で恨み言を言いたいですが……』
「ちょっと知恵さん、目が本気すぎて怖いから落ち着いて?」
『大丈夫ですよ……芽衣ちゃんに免じて一晩で我慢しますから……』
全然ダメじゃんと突っ込んで落ち着かせた私は知恵さんでさえも苛立ちを覚えるなら間違った感情ではないと少しホッとしつつも芽衣が浮かばれない気がして何度も溜息が出てしまう。
「ねぇ、知恵さん。今後もし、彼が思い出したらどうするの?」
『それは……当然ですが……芽衣ちゃんの願いを優先しますよ……』
「だよね。その時が来なければいいなって、ちょっと思うけど」
『私も同感ですが……あくまでも芽衣ちゃんの気持ちを尊重します……』
私も知恵さんもモヤモヤはあるけど霧島君が悪いわけではないとわかっているから一方的に責めるのはお門違いで彼が前を向いて生きているのを非難する事は出来ない。
あんなに芽衣を想っていた彼でも記憶を消されて大人になれば誰かと恋をするのは自然で赤い糸がほんの少し違う人に変わっただけで誰よりも彼の幸せを願っていた芽衣が傷つかないならそれは裏切りではないのだから私や知恵さんが口を挟むべきではない。
「恋、したんだね。霧島君、幸せそうだった」
『そうですか……彼は今を歩いていますが……彩月ちゃんは?』
「うーん、わかんない。まだ……前を向けてないんだよね、私」
『彩月ちゃん、無理をしなくても良いのです。それも恋ですよ……』
知恵さんの言葉にハッとした私の本音は心のどこかで雅也を探し続けていて恋をしているのに無理して別の恋愛を探すから苦しいのだ。
自由になった知恵さんが家に遊びに来てくれて母との関係も昔に比べれば良くなっていて何不自由なく仕事も出来ているのだから誰かの幸せと比較してはいけないのに気付くと他人を羨んでしまう。
でも羨んでばかりでは幸せにはなれないのだから自分自身で探して見つけて掴み取って大切に育てて漸く本当の幸せに出会えるように思うから私は気の済むまでこの恋を続けようと思う。
どうしても手離したくない幸せだからって言ったら彼は笑うだろうけど。
”バーカ”
そう言って私の頭を小突いてほしいのも撫でてほしいのも彼しか居ない。
もちろん叶わない願いだけど痛い女だけど彼と張り合えて越えられるような人に出会えるまでは幻でもいいから追いかけさせてほしい。
きっと必ず私を探し出して見つけてくれると信じてるから──
ー完ー
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