使命ー翔也ー

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天葛(あまかづら)との戦いが始まる前に僕は知恵さんからある事を頼まれていた。 それは僕に戦いの場を混乱させてほしいという不可解な内容だったけど話を聞いているうちに知恵さんの考えを理解した。 まず(いしずえ)である彩月さんが何らかの危険に晒されてしまうと兄さんが自分の役割を果たせなくなる可能性があるという懸念から天葛(あまかづら)と彩月さんを近付けないようにする事だった。 いくら鈍感な僕だって兄さんが彩月さんに好意を寄せている事に気付いていたから元々良好な関係とは言えない僕が場を乱したところで差ほど問題はないだろうと思って天葛(あまかづら)が父さんの姿に変わったタイミングで芽衣と彩月さんが動く前に飛び出した。 そしてもうひとつが芽衣の意識を保つ為の(いしずえ)を知恵さんに託された事だった。 当然の事ながら彩月さんは自分が(いしずえ)の役割を担っていると思っているわけだから遅かれ早かれ言い争いになるのは想定内だったけど間違いなく芽衣から離れない面倒な男だと思われただろう。 だけど知恵さんいわく彩月さんは別の作戦で動く必要があって天葛(あまかづら)に警戒されたり不審に思われないように注意を逸らしたいと言っていたから少なくとも僕の厄介な行動は功を奏していると思う。 もしかしたら兄さんは僕のおかしな行動に気付いてるかもしれないけど芽衣だけじゃなく彩月さんも守れるんだから今だけは見て見ぬふりをしてほしい。 もちろん僕だって目の前の天葛(あまかづら)が怖くないはずがない。 それでも僕の呼び掛けで芽衣が意識を保ってくれるなら大怪我をする事になっても例え命を落としても構わないと思ってる。 決して投げやりな気持ちじゃなく僕が芽衣にしてあげられる事があるなら後悔のないように最後までやり遂げたいだけだ。 とはいえ僕と彩月さんが天葛(あまかづら)の拘束から解放されたあと芽衣が放った光は聞いているだけでも恐ろしい例えるなら高圧電流みたいな音で天葛(あまかづら)が攻撃を避けてもわずかに傷を負うほどの威力に僕は思わず声を掛ける事をやめてしまった。 その一撃が天葛(あまかづら)の逆鱗に触れたのか偶然なのかもわからないまま起きた突然の地震に驚いた僕は尻餅をついてしまい芽衣との距離が少しあいた事で視界の端に彩月さんが兄さんに引っ張られている姿が見えた。 二人も無事なんだと安心した僕は激しく揺れる地面に手をついて何とか這うようにして芽衣に近付いたけど予想に反して彼女は微動だにせず顔色一つ変えずに光を放ち続けていた。 風が窓を叩く音さえ怖がる彼女が揺れなど感じないかのように(たたず)み何の躊躇(ためら)いもなく光を放つ姿は僕の知っている芽衣ではなく遣女(つかわしめ)なのだと今更ながらに気付いて恐れにも似た感情に動けなくなり呆然と見つめる。 しばらく経って不意にやんだ攻撃の音を不思議に思って辺りを見回すと今までなかったはずの大勢の霊の気配を感じて咄嗟に身を固くした僕を嘲笑(あざわら)うかのような芽衣の高笑いが聞こえた。 このままでは理性を失ってしまうと気付いて慌てて芽衣に声を掛けたけど眼前の光景に絶句してしまい背中を這い上がってくる恐怖心が震えとなって全身に広がる。 過去の遣女(つかわしめ)と思われる女性達の霊が天葛(あまかづら)を取り囲み傷ついている箇所を執拗に攻撃したり周囲に散らばっているガラスの破片や裂けた木で腹や背中を刺したり尻尾に火を放とうとする者などが入り乱れいて声を出す事さえはばかられる。 しかし芽衣を守れるのは僕しか居ないのだから逃げてはダメだとみっともないほど(かす)れてしまう声を必死に出して叫ぶ。 「芽衣っ!!僕を、僕を見てっ!!」 ピタリとやんだ高笑いとリンクするかのように動きを止めた女性達の視線を一身に受けた僕はゴクリと唾を飲み込んで芽衣を見やる。 「しょ……う……く、ん……」 かろうじて聞こえた芽衣の声に応えようと震える口を無理やり開く。 「僕はここ─【忌々(いまいま)しい女子(おなご)どもめが!】」 天葛(あまかづら)の怒声にかき消された僕の声が芽衣に届いていたかはわからない。 何故なら僕は天葛(あまかづら)が放った火の玉みたいなものに吹き飛ばされて芽衣の姿が見えなくなってしまったから。 「芽衣.......僕は...ここに.......」 先ほどまで激しく揺れていたはずの地面に倒れている事でいつの間にか揺れが止まっている事に気付いたあと真っ暗な闇に僕は沈んだ。
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