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たいして広くない空き地を手斧を片手に走り真ん中に位置する葛藤の木へと辿り着くと何故か雅也君がそこに居て走ってきたせいで呼吸の整わない私に声を掛けてくれた。
〖姉ちゃん、悪ぃが芽衣がヤベェんだ。急いでくれねぇか〗
「やっぱりね……わかった、もう結界って完成させていいの?」
私が驚かない事にびっくりしている雅也君に何となく予想が出来たからと告げるとそうかと目を逸らすように頷いて知恵さんを呼んだ。
『ごめんなさいね、彩月ちゃん。今すぐ結界を……』
「うん、木を切るんだよね?」
『ええ、そうです。断ち切って下さい!』
知恵さんに頷いた私は手斧を握り直して小さい低木で山に近い地域なら珍しくもなく華やかでもない葛藤めがけて振り下ろすと衝撃で引っこ抜けてしまいそうなほど大きく揺れて裂けた。
震える手をそっと知恵さんが包み込んでくれたけど私は怖いわけでも驚いているわけでもなく葛藤から溢れ出る淡い光の声を聞いて涙が止まらなかったのだ。
『彩月ちゃん……全てを貴方に委ねます……』
さっきの声が知恵さんには聞こえなかったようだけど私に委ねると言ってくれたのは感じたままを貫いて良いという事なのだろう。
〖お、おい!どう、いうことだ、よ。体が……動か、ねぇ〗
『雅也君は霧島家の者ですから……結界に抗えないのです。翔也君は眠っていても動けているようで安心しました……怪我も軽いもので──〖うる、せぇ!〗』
まるで金縛りにあったかのように体が動かせない様子の雅也君をからかっているのは彼がこうなる事を事前に知っていたけど黙っていたのだと気付いたものの知恵さんに小首を傾げてウインクされたという事は内緒ですよという事だ。
どちらにしてもここから先は芽衣と私が成すべき事で霧島家の二人や知恵さんに助けを求める事ではない。
「よし!私、芽衣の所に行ってくる。雅也君、我慢して待ってて」
『彩月ちゃん……くれぐれも慎重に……』
うんと大きく頷いて芽衣と天葛の居る場所へ走る私の足取りは不思議なくらい軽くて恐らく暴走しているであろう芽衣の意識を戻さなければならない事も天葛と対峙する事も何ひとつ怖いと思わないほど気持ちは穏やかだ。
とはいえ芽衣が拷問のような事をしているとまでは予想していなかった私は目の前で繰り広げられる惨状に言葉を失いそうになる。
それでも私は意を決して精一杯の明るい声で芽衣を呼んだ。
「芽衣!遅くなってごめんね!」
こちらを見ようともしない芽衣と結界の効果なのかは不明だけど弱っているのかグッタリしているように見える天葛を交互に確認しながら再び声を掛けようとして女性の霊達が居る事に気付いたがあえて素知らぬ振りをする。
「ねぇ、彼女達って遣女だよね?芽衣は、成仏させてあげたいとか……って、聞こえてないよね」
「…………ぃ」
「ん?なに?なんて言ったの?」
「……粛清」
そう言って光を放とうとする芽衣の腕を咄嗟に掴んで思いっきり抱きしめると知恵さんの霊力の効果が切れてきたのか感触がほとんど感じられなくなっている事に気付いた私の腹部に不意に熱を感じたものの少し熱めのお湯が掛かった程度の一瞬の熱さで何が起きたかわからない。
「えっ?今のなに!?」
「ぁ………さつ、き……?」
「芽衣!私がわかるんだね!」
「えっ……うそ……さ、彩月!?大丈夫っ!?」
ホッとしている私とは対称的に何故か顔面蒼白になりそうな芽衣がオロオロしているけど理由がサッパリわからず聞いてみる。
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