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【汝……否、野暮な事は言うまい。我を滅せ】
「はい。知識を持たない遣女ですが……必ず成仏へと導きます……」
【我は遣女たる汝を信じておるゆえ、案ずるな】
天葛が自信を持てと言いたげにゆっくりと瞬きをしながら傷付いた体を起こして座り私を見据えた。
深呼吸をして目を閉じるとごちゃごちゃしていた頭の中が嘘のように晴れてゆき無の世界へと私を誘いながらも成すべき事を言葉ではなく体へと伝えてくれる。
私の体なのにまるで他人のような不思議な感覚であやつり人形のようだけれど自由に自分の意思でも動かせるからなのか恐怖感も不快感もない。
動き出した私の体はずっと前からその動きを知っていたと錯覚しそうなほど自然で髪が風になびいてスカートが時折ふわりと脚に触れているのを感じる。
その動きは子供の頃に偶然テレビで見た日本舞踊のようなのに時々おとぎ話のお姫様のダンスのようにクルクルと回ったかと思えば激しく動くという一言で言い表すのは難しいものだけれど祈りを捧げる為に一心不乱に踊る。
とはいえ私がいくら遣女といっても着ているのは学校の制服でしかなく傍から見ている彩月からすれば音もないのに不可思議な動きをしているだろうけれど気にする事なく身を任せる。
不意に体の動きが止まり目を開けると天葛は先ほどと同じ場所にじっと座っていて変わった様子もなく私はミスをしたのかもしれないと両手で胸を押さえるけれど視線を上へと向けた天葛に釣られて上を見ると空中を橙色の光がホタルのように瞬きながらふわふわと空に向かって昇っている。
天葛が頷いているのは成功していると教えてくれているのだろう。
きっと魂の数が多すぎて一度では送り出せなかったのだと気付いて再び私が今度は目を開けたまま先ほどと同じ踊りを始めると周囲の様子が見えて天葛の体から光が離れては空へと向かっているのがわかり少しずつだけれど成仏に導けていると実感する。
視界の端に火が見えて一瞬ドキリとするけれど何故か私には火事ではなく空き地を囲う葛藤の蔓をメラメラと燃やしながらぐるりと一周する炎が全てを浄化してくれるのだという確信のようなものがあって小さな笑みが零れる。
けれど火に気付いた彩月は当然の事ながら何も知らないのだから短い悲鳴をあげると私を心配して名前を呼んでくれた。
一旦動きを止めて危険はないから大丈夫と声を掛けた私に半信半疑な表情ながらも頷いた彩月に笑顔を見せてから踊りを再開する。
炎に照らされた空き地とは対称的に真っ暗な空へと橙色のホタルのように魂達が昇ってゆく様子は灯篭流しというよりも外国のスカイランタンのようでとても美しいけれど儚い光景で気付けば天葛の姿もぼんやりとしか見えなくなっている。
昌善の恨み辛みがきっかけとなり始まった呪いは結果論だけで言えば夫婦間のすれ違いや神咲家の先祖の悪行がなければ起こらなかっただろう。
けれど人は決して強くはない生き物だからこそ不幸が重なれば誰かのせいにしたくなり自分自身の考えが正しいかどうかを判断する余裕すらなくなる。
それはいつの時代も同じで昌善だけが間違った考えを持っていたわけではなく現代でも誰もが第二第三の昌善になってしまう事は有りうるのだ。
今どき呪いなんてと馬鹿にするのは簡単だけれど人の想いは時として常識では説明のつかない出来事を起こすだけの力があり特別な霊力がなくともその力はいとも簡単に誰でも使えてしまうと書かれた本を読んだ事がある。
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