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誰だって幸せになりたいと願いながら生きていて他の人が幸せそうだと羨ましくなりもすれば何故こうも自分ばかりが不幸なのだろうと世の中の全てが疎ましく感じて幸せなんかないと背を向けてしまう事もあるだろう。
理不尽な不幸も世の中には沢山あり憎んだり恨んだりする気持ちが芽生えてしまい歯止めがきかなくなる人も居るけれど好きでそうなるわけではないと思う。
昌善も言わば犠牲者で恨み辛みで作り上げ呪いそのものと化した天葛に託す事でもしかしたら自分自身が救われたかったのかもしれないと綺麗事ならいくらでも言えても私にも感情があり本心を聞かれれば昌善を許せない気持ちも憎い気持ちも完全には消せないと答えるだろう。
けれど私はそれが人という生き物なのだと思うから気持ちに蓋をして見て見ぬふりをするよりも相反する感情を同居させてもいいと思えたのだ。
【遣女よ、良き舞であった】
耳に届いた天葛の声に驚いて動きを止めた私の前にはすでに天葛の姿はなく空へと昇ってゆく一際大きな橙色の光と静寂だけがそこにあった。
「芽衣!」
私達を囲むように燃えている炎が駆け寄ってくる彩月を照らしているけれど熱さを全く感じないせいか半信半疑だった姉も火事ではないと信じたようで和やかな表情だ。
「芽衣、大丈夫?」
「うん、見守ってくれてありがとう……彩月」
「あったりまえでしょ〜!お姉ちゃんだからね」
ニコニコしながら得意気に腰に手をあてた彩月の腕や制服に無数の切り傷を見つけて私のせいだと気付いたけれど何事もなかったかのように振舞ってくれる姉の優しさに謝罪の言葉ではなく笑顔で答える。
「お疲れ様!ちゃんと成仏したんだね、天葛」
「うん……ありがとう。不安だったけど上手く出来て良かった……」
「ホント芽衣のお陰だよ、私なんか蔓を切るしか出来なかったもん」
「そんな事ないよ……彩月が頑張ってくれたから、私も頑張れたの」
なんか照れくさくなってきたじゃんと笑う彩月に釣られて笑いながらも自分自身の体の異変に気付き始めた私は姉とのささやかな一時を手離したくない気持ちに無理やり蓋をして急がなければと口を開く。
「えっと……知恵さんに連絡してもらっても……いいかな?」
「あ、そっか。そうだね!天葛が成仏してホッとしちゃってたよ」
あはははっとわざとらしく笑うのは納得していない時にする彩月の子供の頃からの癖だと知っているからこそ私との残り少ない時間を大切に思ってくれた事に申し訳なさが募る。
「知恵さん達、すぐ来るって。で、霧島君がさ……って、芽衣っ!?」
スマホから顔を上げた彩月が慌てた声をあげたという事はパッと見ただけで気付かれてしまうほど今の私は消えかかっているのだろう。
天葛を成仏させている時から薄々は気付いていたけれど私の体からも遣女達の魂がぽつりぽつりと空へと昇っていたから長くは持たないだろうと覚悟はしていたものの別れがこんなにも早く訪れるとは思っていなかった。
「彩月……ごめんね。私……もう逝かなきゃいけないみたい……」
「待って!ねぇ、逝かないでっ!幽霊でいいじゃん!一緒に、居よ?」
そう言って泣きじゃくる彩月が私と同じように幽霊でいいからと考えていてくれた事が嬉しくて崩れ落ちそうになる姉をぎゅっと抱きしめながら零れそうになる涙を我慢したのは見せないと心に決めているから。
本当は逝きたくないとみっともなく泣き喚いてしまいたいけれど彩月には泣き顔ではなく滅多に笑わなかった私の笑顔を覚えていてほしいから。
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