十年後ー彩月ー

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水の入った少し重い水桶を持って私は同じ墓地にある霧島家のお墓に辿り着くと微笑みながら声を掛ける。 「雅也、お祖父さん、お祖母さん、こんにちは」 手慣れた手付きで墓石を掃除しながら雅也がくれた手紙を思い出す。 二人を見送ったあと知恵さんから雅也に貸していたハンカチを渡された私は自宅でポケットから取り出そうとしてゴワゴワしている事に気付いた。 ハンカチを広げてみると四角く折られた飾り気のないルーズリーフが挟まっていて開くと少し角張った見慣れない文字が書かれていた。 [手紙なんてもんは書いた事ねーから、最初で最後になるけどよ。俺は彩月が好きだ。でも俺は傍に居てやれねぇ。だから約束しろ、ビビって俺が泣くくれぇ幸せになれ。んで、来世?生まれ変わり?ってのがあんなら、必ず見つけてやる。そん時は、俺を選べ。拒否権はねーからな!] その手紙を初めて読んだ時は気持ちを伝えておけば良かったと泣いた。 後悔したって遅いとわかっていても雅也に伝えたくて沢山手紙を書いた。 もちろん雅也が読めないとわかっていたから燃やしては煙を空に届けた。 でも何度も雅也の手紙を読み返しているうちに間違っていると気付いた。 彼はビビって泣くくらい幸せになれと私に伝えていて気持ちに今すぐ答えろなんて言ってないじゃないか次に出会ったらと言ってるじゃないかと。 それに気付いてからはお墓参りに来る度に絶対見つけてよと脅している。 それこそ雅也が本気でビビって逃げ出してしまいそうな痛い女だけど。 でも前に進む努力はしてきたつもりで告白されて付き合った事だってある。 けど雅也と無意識に比較しているせいか何かが違うと感じて無理なのだ。 友人の中には結婚した子も居て恋愛しなきゃとは思うけど相手が居ない。 このままではビビるくらい独身を貫いてしまいそうで我ながら焦る。 「よし、綺麗になったよ。また来るね」 立ったまま手を合わせてそそくさと退散するのは他の家のお墓だからだ。 水桶を返却して家に帰ろうと知恵さんに連絡をすると無理というスタンプだけが返ってきてどうやら最近ハマっているゲーム中のようだ。 やれやれと溜息をつきつつ駐車場へ向かうと視線の先に小さな女の子とはしゃぐ声が聞こえて今日は休日だったと思い出す。 「あれ?神咲さん?」 急な呼びかけに振り向くと霧島君が立っていて出で立ちからお墓参りだとわかり普段は平日に訪れるお墓参りを休日にした事を後悔する。 ──あ〜あ、お花、捨てられちゃうよね。 「霧島君、久しぶりだね」 内心のガッカリを笑顔の裏に隠して気軽に答えたのは高校三年生の頃に彼と同じクラスになった事で接点が出来てしまったからだ。 流石に芽衣とそっくりな私が近くに居ると記憶が戻ってしまうかもと不安だったけど杞憂(きゆう)に終わり彼は未だに思い出していない。 「パパー!」 「メイちゃん、走っちゃだめよ」 母親らしき女性の声に芽衣と関係ないとわかっていてもピクリと体が反応してしまうのは今に始まった事ではないけど霧島君に女の子が向かってきてるような気がして無意識に目で追ってしまう。 「ホント、久しぶりだね。元気だった?」 「あ、うん。お陰様でなんとかね」 ドンと女の子が霧島君の脚にぶつかるようにしがみついて嬉しそうに笑って彼をパパと呼んでいる事実に息が止まりそうになる。 「ダメだよ、メイ。お墓で走らないって、パパと約束したよね?」 はーいと少し不満げな声で返事をした娘を抱っこしながら霧島君がごめんねと私に謝っているけどぎこちない笑顔しか出来ない。
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