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ある朝の始まり
ユタカ・ファームの朝は早い。
日の出とともに始まるといっても過言ではないが、冬場などは日が昇る前にすでに起きている。
山の斜面を切り開いてできた牧場というか、農場というか。まあそんな感じのところに一軒の家がある。南向きの斜面で日当たり良好、眺望絶佳。つまり極めて不便な場所。
だんだんと秋も深まる季節で、常緑樹の緑をバックに冴え冴えと黄色や赤の木々が錦のように織りなす景色は絵心があれば、ぜひ描いてみたいと思うだろう。
そんな中の一軒家。パチパチと木のはぜる音が心地よく聞こえるのは薪のストーブがあるせい。煙突からは白い煙が立ち上っている。
そういう描写をするとレトロでアナログな家と思われるだろうが、これが今一番ハイテクな家だから驚く。なにがハイテクかというと消費電力をすべて自力で賄えるシステムを搭載しているのだ。
薪ストーブも電力源のひとつ。
温度差による発電で、外気温が低いほど能力を発揮する。つまり夜になると発電量が上がるというわけだ。昼間は天気が良ければ太陽光もあるが、太陽光というのは意外と発電の能力にムラがある。ほかにも風力なども使うが、主力は水力と温度差発電。
水力は雨や湧き水を使ったものと、井戸を掘ろうとして出てきた温泉水。温泉は水力と温度差発電のダブルでおいしいエネルギー源だ。この温泉のおかげで電気に困ることはない。
電気さえあれば、だいたいのことに不便のない時代。電気さえまかなえれば、ほぼ自給自足が可能な生活である。
ましてやここは農場。ヤギもいればニワトリもいる。乳と卵があれば、あとは野菜と米があれば食い物はなんとかなる。
そんな家の朝。洗面所で鏡と向き合って長いこと髪をいじくりまわしてため息をついてる女の子が、あきらめたようにそこから離れて台所に顔を出す。テーブルには朝ご飯が用意されている。白髪をお団子にして赤いサンゴ玉のかんざしを挿している年よりが、すでにテーブルで食事をしている。そのナナメ前あたり、ディスタンスがとれるように女の子が座る。
「おはよー、おばーちゃん」
「おはよう。今日は学校かい?」
「うん、そーなの。でも髪の毛がはねちゃって。」
「早くしないと間に合わないんじゃないのかい?」
そんなことをいいながらも、孫娘にパンやベーコンを渡してやる。飲み物はヤギのミルク。孫娘はココアを少し混ぜて飲むのが好きらしい。
「おばーちゃん、昨日仕留めたアレっていつ解体するの?」
「そうだねぇ、中は抜いてあるから毛皮をはいでからだねぇ。」
「学校から帰ってきてから手伝おうか?」
「そうしてくれると助かるね。」
「じゃあ、学校まで送り迎えよろしくー。」
「おやおや、それが狙いかね。仕方ないねぇ。」
「やったー♪」
外で洗濯物を干していた母親が入ってきて聞きとがめる。
「おかあさん、あんまり甘やかさないでくださいよ。」
「ちゃあんと、その分は働いてもらうからね。」
昔のアニメの「ゆばーば」のように大きな目をぎょろっとさせた。
「もぉ、ホントに甘いんだから・・・。」
ママがこっそり小さく言うのを私は聞こえなかったふりをする。
わたしは大木渡(おおきど)はるか。
おばあちゃんはフランス人だからクオーターっていうのかな。
私も、ちょっと目の色素が薄くてブラウンというか金色なのと、赤っぽい髪の毛がくるくると巻毛になっているのが、おばあちゃんのほうの血筋らしいけど、顔は全くの平板な日本人そのもの。
おばあちゃんは「ジャパニメーションが好きなヲタなフランス娘」で最初に覚えた日本語は「ポケモンいえるかな?」だったらしい。
あのポケモンの名前をずらずらいうのって日本語に入るのかどうかビミョーだよなって思うけど。その次に覚えたのが、なぜか「寿限無」だったっていうのが、またよく分からないけどね。
フランス語に似ていたからっていうんだけど、うーーん、まあ「じゅげむ」って「じゅてーむ」に似ているっていえば似てるのかな??
昔、おばーちゃんが若いころ、たまたま日本のアニメの祭典に来てコスプレしていた時に、友達の同人誌の販売の手伝いをしていたおじいちゃんが友達から「オーキド―ーー」って呼ばれたのを聞いてポケモンのオーキド博士がいるのかと勘違いしたのが出会いだったらしい。
おじいちゃんは全くそっち方面には疎い、ただの大学生だったんだけど若き日のおばあちゃんに「オーキドさん?」って声をかけられたときに、もぉ一目ぼれしちゃったというのは想像に難くない。
なにしろセーラームーンのコスプレがばっちり決まった本物のフランス人に、くらくらっと来ない男がいたらお目にかかりたい。わたしも、もうちょっと若いころのおばあちゃんに似ていたかったなあ。
何だかんだの末におじーちゃんとおばーちゃんは結婚して、お父さんが生まれて日本に定住しているものの、いまだにアニヲタ魂が時々うずくらしくてアニメの祭典にも何年かに1回はいっている。わたしも連れて行ってもらったことがあるけどね。
おばあちゃんは背が高いし目立つので(つまりコスプレしてるから)すぐに見つけられるんだけど。さすがにもぉセーラームーンは難しいから最近は、ゆばーばとかドーラなんかかな。もぉねーめっちゃ受けるんだよねー、おばあちゃんのコス。セリフもバッチリ決め決めだし。
若いレイヤー(コスプレイヤーさんたちのこと)からも「レジェンド」なんて呼ばれてて「私もマリーさんのようになりたいっっ」って握手を求められたり写真撮られたり、すごい人気者。おばあちゃんも嬉しそうにいろんなコスプレをしている人たちに混ざって楽しんでるし。ちなみにおばーちゃんの名前は大木渡マリー。
でもさすがに最近は疲れるみたいで、ここしばらくはアニメの祭典には行ってない。なにしろハンターの仕事もやってるし。
おばーちゃんが銃を構えて撃ってるところは「リアル・ドーラ」といえなくもない。動画をとってアップしてみたいところだけど、私がそういう方面に全く向いてなくて。ちゃんとピント合わせてるはずだし、だいたいカメラのほうが判断してきちっと撮れる機種のものなのに、みごとに「ぶれる」「ぼける」「なぜか別のものがうつる」という三重苦。そのうえ、マシにとれそうと思ったところでバッテリーが切れる。
おばあちゃんからは「お前にはそういう呪いがかかってるんだね」と笑われるけど、実際に呪われてるんじゃないかとおもうくらい。PCやケータイやタブレットも、私が触ると誤作動を起こす確率が高い。突然フリーズするなんて日常茶飯事。私以外の人が使うと、ちゃんと作動するのにっっ。
お父さんは「そんなことは気にしなくてもいい」っていうけど、マジ困るんだよね。なにしろ今の授業はほとんどオンラインなんだから。学校に行くのはせいぜい週に1回。
とりあえずお父さんのPCにも録画モードにして授業をとってもらってるから、少しぐらいはフリーズしてもいいんだけど。突然、画面が動かなくなるとマジあせるし。もぉ先生も慣れっこになっちゃってるからいいんだけど、最初のころは突然向こうに映るはずのわたしの画像だけが消えるものだから心配されたこともあったっけ。
それでも1週間に1回か10日に1回くらいは学校に行く日がある。オンライン授業の宿題の提出や、実際にやらないと伝わらない授業をやるわけだ。
主に実験をすることが多いけど、体育なんかもやる。集団密着型のものは避けて、バドミントンや卓球、テニスのシングルスや陸上競技になる。
なにしろディスタンスをとるのがマナーであり礼儀であり常識なのだ。21世紀の初めに蔓延した感染症によるパンデミックで、それまでの生活は一変したといわれてる。
っていっても、私はそんな時代は知らない世代。おじいちゃんおばあちゃんは「私たちは生き延びた世代」っていってるけどね。だから昔のアニメ祭りの賑わいの写真や動画をみると、あまりにすごい密集というか密着というか、この人たち大丈夫?って心配しちゃうレベル。お父さんやお母さんのころは、そういう時代と今のようになるまでの過渡期だったから余計に大変だったっていってる。
突然、マスクしなきゃいけないとか、距離をとらないといけないとか、アルコール消毒するボトルがあるところでは必ず手を消毒するとかいうのはもちろん、学校も休みになったり急にネットで授業うけるようになったり。
「昨日までの常識」が一気に壊れた気がしたんだって。
時々、親からは「お前はいいなあ」って言われるけど、そんなこと言われたって困る。好きで時代を選んで生まれる奴なんかいないんだから・・・って思うけど、黙って承っておく。
「承る」なんて言葉は、この前バイト先の店長に教えてもらった。
「とりあえず『承っておきます』って言っといて。」
「あー、はい。」
で、その通りにいっておいたら逆に相手から「若いのにちゃんと言葉を知っていてえらい。」なんてほめられたから、こういうのが成功体験っていうのかな。大人の言うことは「承っておけばいいのか」と思っちゃったわけ。
「はやくご飯食べないと、車でも間に合わないよー。」
おばあちゃんから声がかかる。ヤバい、おばーちゃん待たせるとヤバい。
ストーブの上で軽く焼いたトーストにジャムを塗ったのを口に押し込んで、ヤギのミルクの入ったココアで流し込む。イノシシのベーコンエッグも、一緒に口に押し込んで、あわただしく玄関を出る。
「おばあちゃん、おまたせー」
「10秒で支度しな」
「むーりーー」
そんなことを言いながらビロビロのシートベルトをガチャガチャ言わせながら締めると、軽トラは山の斜面の細い道を走り出した。
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