自分

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「この部屋でお待ちください。お茶をお持ち致します」 そう言って、メイド服の女性が部屋を出て行き、羽菜はその部屋に1人になった。 濃い赤の薔薇が散りばめられた絨毯。 白の丸いテーブルと、ソファー。 大きな窓枠も白。白の真ん中に金の線が細くひいてある。 窓の端に寄せられたカーテンは、絨毯と同じ濃い赤。まるで、ワインのような赤に、沢山の小さな金の薔薇で縁取られている。それに、薄いレースのカーテン。レースの部分は赤のカーテンと同じ細かい薔薇がレース編みとなって美しく並んでいる。 その額縁のような窓から、外のテラスが見えた。 木製のテーブルとベンチ。薄茶のパラソルが日陰をベンチに作っている。 「素敵…」 羽菜の口から勝手に言葉がポロリと出た。 まるで、自分がままごとの人形になった気分だった。 こんな所で、素敵なソファーに座り、お茶を飲めるなんて。 窓に近寄り、外を見た。 さっき通ってきた石畳と、木々が見える。 青い空も。 私を笑う人なんていない。 綾元くんに悪い事を思った。 羽菜は1人、唇に力を入れた。 あとで、さっきの振る舞いを謝らないと。 でも、結婚て……なんだろう。 話を聞きたいけど、怖い。 「まぁ、まぁ!ソファに座られてお待ちくださって結構なのですよ」 白髪が混じる灰色の髪を、綺麗に小さなお団子ヘアにまとめた背の低い着物女性が羽菜に声をかけた。 この小さな女性が、泉李の世話をしてきたお加代。 背の低い羽菜よりもまだ少し背が低い。 お加代の声で、羽菜は振り返る。 「あ、いえ!違うんです。景色が綺麗だったので」 「そうですか。私もここから見る景色が好きなんですよ。もうすぐ飲み物をお持ち致しますので、どうぞ、お掛けくださいね」 もうずいぶん年を重ねているのに、とても可愛らしい女性だなと羽菜は思った。 白い皮のソファに座ると、思った以上にズブリとお尻が沈み込む。 一瞬慌てたけれど、とても、柔らかく心地いい。 お加代は羽菜が見ていた隣の窓のカーテンも開け、光を入れる。 「もう少しお待ち下さいね。坊っちゃまもすぐ来られると思います」 「はい、ありがとうございます」 羽菜は、お加代を見送ろうと少し笑顔を作る。 「お加代、お茶はまだか?」 お加代と入れ替わるように泉李が部屋に入ってくる。 「お坊ちゃま、もう少しお待ちください」 制服を脱いでも、私服が制服に見えるくらい、カタいコーデの泉李。 でも、ただ、私服、と言うだけで親近感は湧く。 彼は紺のVネックの下に薄い水色のシャツを着て、綿のパンツもまるで制服のズボン。 先生みたい…… 「小神野さん?」 羽菜がどうして、自分の事をじっくり見ているのか分からなくて、泉李はポカンと立っていた。 その顔を見て、羽菜は笑った。 でも、結局麗人は何をしても、何を着ても格好いいのだ。 「お待たせしました。お飲み物と、お菓子です。 お好きな物をお選びください」 大きなワゴンで、飲み物と、一口サイズの色々なケーキ、クッキー、チョコレート、ゼリー…綺麗に並んで運ばれてくる。 小さい頃の自分が見ていたら、飛び上がって喜んでいただろう。 今見ても、こんなに大騒ぎしたいくらいなのに、「わぁ、美味しそう!」と喜びの声を小さく出しただけだった。 「何がいい?宮川、彼女にお菓子を取り分けてあげて」 「かしこまりました。お客様、お好きな物をお選び下さい」 「いいえ!いいえ!自分で!出来ますので!」 両手の平をふりふり、必要以上に大きな声で羽菜は、お菓子を取り分けるのを断った。 「お客様、私がお坊ちゃまに怒られてしまいます。どうぞ、お好きな物をおっしゃって下さい」 そう言われてしまうと、断れない。 「ええっと…そしたら、この端のと、それから、その隣のを…」 端から端まで全部食べたいという言葉を抑えつつ、羽菜は2つだけ選ぶ。 「飲み物は何にする?僕はコーヒーを」 「わ、わた、わたしも、同じもので」 本当はオレンジジュースを一気飲みしてから、もう一杯欲しいと言いたい。 しかし、羽菜は泉李と同じコーヒーを選んだ。 お菓子や、飲み物を取り分けてくれている人に迷惑をかけたくなかったのだ。 「小神野さん、気を使ってない?何でもいいんだよ、他には?」 「いいの、欲しかったら後でまた自分でとるわ」 泉李にも気を遣わせないように、笑顔で答える。 泉李は、ワゴンを運んできた宮川に下がって 、と合図をする。 頭を下げ、出て行く彼を見送ってから、羽菜は少し肩の力を抜いた。
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