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1.サドル泥棒
「あんな、大阪にある自転車は、常に一台だけサドルがないのがあるねん」
みぃちゃんの言った内容は、とっさに理解できなかった。って言うか、イメージができない。
どうして?
私がそう尋ねると、みぃちゃんは特有のドヤ顔になった。
「あんな、まず自転車のサドルを盗って行きよるヤツが居るやろ。で、盗られた方は、隣の自転車のサドルを抜いて、自分のに付けて乗って帰るねん。みんなそうやってするから、常にサドルは一つ足りひんねんて」
「じゃあ、最初に盗まれた一つのサドルは、どこに行ったの?」
「さあ、知らん」
そっぽを向いて、みぃちゃんは肩をすくめる。よく言えばマイペース、悪く言えばいい加減なみぃちゃんといると楽。楽しいとはちょっと違う、楽。
「さ、ほな帰ろか」
みぃちゃんは言うなり、自分の自転車に跨った。私は自転車に乗ろうにも、サドルがない。いくら忘れ物の多い私でも、サドルなんて忘れてきたわけないし、そもそも登校のときにはあったんだから、もう、盗まれたとしか思えない。
「自転車って便利でな、サドルなしでも漕げるねんで」
「そうだけど――でも、ずっと立ってなきゃダメじゃん」
「ええやん。私も立ち漕ぎするさかい」
鞄を前かごに放り込み、私は自転車に跨る。サドルがない自転車に跨るのって、結構難しい。お尻を乗せる安定感って、結構重要だったんだなあ。
みぃちゃんの赤い自転車は、大阪から引っ越してくるときに持って来た愛着のある自転車らしいけど、結構オンボロ。漕ぐと数か所からキーキー鳴るし、ブレーキ音なんか工場で鉄を削る音みたい。
いつものように並んで自転車を漕ぐ、自宅への道。周りは見渡す限り山、山、山。農道を通り抜け、二時間に一本しか通らない電車の線路を渡り、住宅街へ。中学校から自宅まで、自転車で三十分。
「立ち漕ぎ三十分はキツイやろ」
「みぃちゃん、もう座ってるじゃん」
「だって、キツかってんもん」
「ズルい」
「頑張れ、なぁちゃん!」
みぃちゃんは手放し運転で、両手でガッツポーズを作った。
「ねえ、みぃちゃん」
「何?」
「もしかしてそのサドル――私のじゃないよね?」
ちょっとの沈黙のあと、みぃちゃんが吹きだした。
「そんなわけないやん! これは、大阪に居るとき、塾の駐輪場でもろたんや」
「それって――」
私の友だちは、サドル泥棒でした。
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