私が十一月に描いた絵

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私が十一月に描いた絵

 自分らしく在るという事にこだわり続ける事が、これほどまでに自分を生き辛くさせていると気付かないふりをしたまま、私は愚直に青春を絵に浪費してきた。  小学生の頃に絵を描く楽しさに目覚め、毎日毎日飽きもせず落書きするようになった。おばあちゃんにねだって油絵の具を手に入れてからは、風景画を描く事に夢中になって、朝から晩まで描き続けた。幸い、自然に溢れる山奥の集落で暮らしていたから、題材に困る事は無かった。近所に歳の近い子が住んでいなくて内向的だったせいもあり、友達もろくにいなかった事が、皮肉にも描く事への執着を加速させた。  最初はおばあちゃんに褒めてもらうだけで充分だった。だけど、中学に入って美術の授業の時に絵を完成させたある日、それを見た先生が露骨に驚愕して、私の絵をみんなの前でこれでもかと褒めちぎったのだ。大人しい私に興味を示さなかったクラスメイト達も、美術の時間だけは羨望の眼差しで自分を見るようになった。そうして先生の勧めで参加した県のコンクールで金賞を取った事をきっかけに、私は益々何かに取り憑かれたように絵に没頭するようになった。ただ自己満足で描いていた絵を、誰かに評価してもらう喜びに目覚めてしまったのだ。  もっとできる。もっと認めてもらえる絵が、きっと描ける。  今思えばそう考え始めたのが、迷走の始まりでもあった。 「先輩って、いつから抽象画を描くようになったんですか?」  大学最後の文化祭を前に、展示する作品のテーマを決めきれないまま、私はとりとめなくキャンバスに雑多な部室内の景色を描いていた。 「……高二の頃からかな」  いつの間にか部室にやって来た南君の質問に振り返りもせず、ぶっきら棒に返す。 「凄いなぁ。初めて具象画を描いてるの見ましたけど、無茶苦茶上手いじゃないですか」 「大した事ないよ。具象画が上手い人なんていくらでもいるんだから」 「いや、そんなにスラスラと簡単そうに描いてるけど、俺じゃ何日かけてもそんな風に描けませんよ。自信失くすなぁ、こっちは具象画が本職なのに」 「ただの気分転換をえらく褒めてくれるのね。私は今スランプなんだよ?」 「春のコンペで特別賞獲ったのにですか?ウチの大学で受賞したのは先輩だけだ」 「そう。特別賞止まりだったから。あれ以上は無理ってぐらい、全力を込めたもの」  油絵の匂いが立ち込める部室の窓から、西日と、放課後を迎えたキャンパスの学生達の喧騒が差し込む。 「大賞も他の入賞も、先輩以外は全部具象画ですからね。大健闘じゃないですか」 「他の作品は関係ないわ」 「そうですか?みんな具象画を描くから抽象画にこだわってるのかと思った」  南君の言葉にムッとして、私は初めて彼の顔を見た。 「そんなわけないじゃない。私は自分の描きたいものを描いてるのよ」 「こんなに具象画が上手いなら、こっちで大賞獲れますよ、きっと」  南君は悪びれずに言った。 「大賞を獲るために描いてるわけじゃないわ」  私はあからさまに不機嫌な言い方で向き直った。 「それって矛盾してません?コンペの結果に満足できなくてスランプだって言ってるのに」 「……」  南君の言葉に言い返せないまま、無視するように筆を走らせる。 「誤解しないでくださいよ。先輩の抽象画は本物だ。全部を理解できてるわけじゃないけど、コンペの作品、俺は感動しました。他の作品だって、本当に凄いと思ってるんですから。ただ……」  遠くの空でカラスがカァカァと鳴く。  暫しの沈黙を破ったのは私だった。 「……ただ?」
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