私が十一月に描いた絵

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「ならよかったよ。……就活の方は、どうだい?」  ちょっと聞き辛そうにおばあちゃんが言う。 「うん……。あんまりうまくいってない」 「……千裕は、絵が描きたいんだもんね。いいんだよ、大学院に進学しても。ばあちゃん、それぐらいの蓄えはあるから」  私はカーテンを閉めて、勢いよくベッドに体を預けた。 「そんなわけにいかないよ。凄いお金かかるんだよ?」 「そうは言ってもねぇ。大学の学費だって自分で奨学金借りてるし、家賃以外は生活費もバイトで賄ってるでしょう。もっとばあちゃんに頼ってもいいんだよ」 「充分だよおばあちゃん。もう充分お世話になってるから」 「そうかい?ばあちゃんは千裕が元気ならそれでいいのさ。そのためだったら、できることならなんだってするからね」 「うん……」  目を閉じる。心の中のモヤモヤが、すぐに大きくなっていくのがわかる。それは、黒くて、重くて、子供の頃からずっと私と一緒にいる、歪な何かだった。 「そうそう。この間、公ちゃんが顔出してくれたよ」  私はビックリして目を見開く。 「公ちゃん、来たの?」 「ああ。立派になってねぇ。久しぶりにここらの景色を描きたくなったんだって。公ちゃん、画家になったそうだよ」 「画家に……」おばあちゃんの言葉に、歪な何かは跡形も無く消し飛び、あっという間にあたたかいものが胸一杯に充満した。「ね、ねぇ。公ちゃん、何か言ってた?」 「もちろんさ。千裕はどうしてる、って。今東京の大学に通って絵を描いてるって言ったら、えらく喜んでたよ。絵を続けてるんですね、自分も東京に居るからいつか会えるかもしれない、って」 「……そう。……そう、なんだ。公ちゃん、絵描きさんになったんだ……」  ダムが決壊したように、突然ポロポロと涙が溢れ出した。色々な不安が和らいだような。見えなかった出口の光が、僅かに視界に入ったような。そんな気持ちになった。  私に絵を描く喜びを教えてくれた公ちゃん。幼い頃、目の前で母さんが倒れたショックで声を出せなくなった私に、再び声を取り戻させてくれた公ちゃん。 「……千裕?……泣いてるのかい?」  私は慌てて鼻をすすり、笑顔を作った。 「ううん、大丈夫」 「公ちゃんと会えなくなって、もう十年以上になるかねぇ。おじいちゃんが亡くなって、おばあちゃんが公ちゃんの家で同居するようになって、こっちに来る理由も無くなっちゃったからね」 「そうだね……。でも、また田舎の絵が描きたくなったんだね」 「ああ。千裕に連れて行ってもらった社からの風景を描くって言ってたよ。今は紅葉も綺麗だからね」  社……。未だ病院で眠ったままの母さんが目を覚ましますようにと、公ちゃんと初めて会った小三の夏、毎日通っていた小さな社の事だ。 「公ちゃん、私の事ちゃんと覚えてくれてるんだ」 「そりゃあそうだろう。公ちゃんと初めて会った時、不登校気味になってたって言ってただろう?こっちの自然に触れて、千裕と仲良くなれて、元気になって。それでまた、学校へ行けるようになったらしいんだから」  私はそれを聞いてハッとした。 「……そうだ。そうだったね」 「千裕も画家になったら、また会えるかもしれないね。……じゃあばあちゃん、お風呂の用意するから。困った事があったらすぐに言うんだよ」 「うん、わかった。ありがとう、おばあちゃん」  私はそう言って電話を切ると、思い出したように再びロフトへと向かった。  散らばった作品達を無我夢中でかきわけ、画用紙の入った額縁を見つけだす。 「あった……」
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