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「それにしても千裕、こんなに具象画も上手かったんだね。でもなんか、幻想的っていうか。紅葉の色とか木の形とか、空の色もそうなんだけど、現実離れしてる感じがあって……本当に凄い絵だよ、これ」
部員の女の子が私の絵を眺めながらそう言って、ペットボトルのお茶を喉を鳴らして飲んだ。
「……ありがとう。久しぶりに具象画を描いたけど、うまく抽象画のエッセンスも入れられたと思う」
「なんてったって部内で唯一春のコンペで入賞した実力者だからな。間違いなくこの絵がウチの部の今年の目玉だよ」
部長の言葉に照れた私は、上手に返事できずに笑みを浮かべたまま、自分の絵に目をやった。
「これを二週間で描いたんですからね。凄いなんてもんじゃないですよ」
南君がまるで自分の手柄かのように得意げに言う。
「ちょ、ちょっと。余計なこと言わないでよ」
「ウッソー!そうなの?」
「マジかぁ。二週間で……」
「こりゃ俺らなんかとものが違うわ」
部員達が賞賛を惜しまないので、私は顔を真っ赤にして俯く他なかった。
「まぁまぁ、みんなもそれぞれ頑張ったんだ。胸張って来場者を迎え入れようぜ」
部長の言葉に声を揃えてはーい、と返事した時、外が騒がしくなってきたのに気付く。
「……お。開場したな」
私は胸の高鳴りを抑えるのに必死だった。
見てくれた人は、どんな反応をするだろう。
それは、実に久しぶりに味わう、とても爽やかな期待感だった。
開場してからしばらくすると、ポツポツとお客さんが訪れ始めた。
それぞれ、自分が創った絵や彫刻、造形品の説明をしながら対応する。
出だしは上々かなと思っていると、徐々に客足が伸び始め、みるみる内に部室内が人でごった返すようになった。明らかに、去年の来場ペースを遥かに上回っている。
後からやってきた教授も張り切って、部員達の作品のここがこう素晴らしくて、実はこれにはこんな意味があるんですよなどと、誇らしげにお客さんに話しかけていた。
私の絵も思っていた以上に評判が良くて、目にして感嘆の声を上げる人もいれば、熱心に隅々まで見る人、うーんと唸りながらしばらく立ち止まって全体を眺める人もいた。良かった、と胸をなで下ろしていると、私を見つけて部長が声をかけてきた。
「休憩行こうぜ。もう、二時だ」
「あ、うん」
もうそんな時間になっていたのか。
私達は、部室内の人波をかきわけるようにしてバックヤードへ向かった。
中へ入るなり、長机に突っ伏して南君がグウグウと寝息を立てているのを見つける。
「おい、南。交代だぞ」
部長が彼の肩を揺すると、うーんと声を上げながら南君が目覚めて、大きなあくびをしながら目一杯伸びをした。
「……もうそんな時間っすか。すんません」
南君はスマホを取り出してディスプレイに目をやると、すっくと立ち上がってバックヤードを後にした。
その様子を見てクスッと笑いながら席につくと、部長が棚のリュックからコンビニ弁当を取り出しながら言った。
「今日、すごい客多いじゃん。まぁ、たまたまなのもあると思うけど」
「ん?そう、だね。うん」
「南の奴、都内の色んなギャラリー回ってフライヤーばら撒いたり、SNSで色んなところに拡散したり、すげえ勢いで宣伝しまくってくれたみたいなんだ」
「え、南君、広報役だっけ」
「いや。自発的にだ」
「……そうだったんだ。それは、ありがたいね」
「お前の絵を、沢山の人に見て欲しかったんだってさ」
「え?」
「描いてる途中の絵を見て、これはとんでもない出来だって、そう思ったらしい」
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