8『ヒヤッホー!』

1/1

0人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

8『ヒヤッホー!』

連載戯曲 エピソード 二十四の瞳・8『ヒヤッホー!』     時  現代 所  東京の西郊 登場人物 瞳    松山高校常勤講師 由香   山手高校教諭 美保   松山高校一年生  瞳のミニクーパー。BGMが、タイヤのソプラノに変わって明るくなる。 瞳: ヒヤッホー! 聞いた!? 今のドリフト! タイヤのソプラノ!……  ほら、もういっちょうS字カーブ(右に左にドリフトし、タイヤがキュンキュン、歓喜の声をあげる)たーまらん! 由香: た、頼むから、もうちょっと穏やかに走ってもらえない。  わたし、車弱いとこへもってきて、アルコール入ってるから……ウップ。 瞳: 仕方ないわねえ。ほらヘド袋、車の中汚さないでよ。 由香: ……大丈夫、飲み込んだから。  瞳: うわあ、息がヘド臭~い。ほら、ウーロン茶と口臭消し。             由香: ありがと……。                               瞳: 大丈夫? 由香: うん、普通の運転になったから大丈夫。 瞳: つまんねえなあ……。 由香: つまんないのは、こっちだわよ! 瞳: へいへい、安全運転安全運転……。 由香: ねえ、さっき言ってたペンションの話って、本気? 瞳: あたりきしゃりきにブリキのバケツ! 由香: 真面目に。 瞳: あたしは、いつも真面目ー。 由香: それじゃ言うけど、ペンションって御客つくまでが大変だって言うよ。  こんなこと言って失礼だけど、軌道に乗るまでは海のものとも山のものとも……。 瞳: 山のものってきまってるじゃん。 由香: え? 瞳: だって長野県だもん、山しかないよ。 由香: 真面目に。 瞳: だから真面目だって。  姉キのペンションは、前のオーナーが歳くって引退するからそのあとを譲り受けての経営。  だから、固定客が最初から付いてんの。あたしも姉キも元を正せば、その固定客の一組だったんだけどね。 由香: なるほどね、瞳なりの固い計算があった上での話なんだ……。 瞳: あたりまえじゃん、一回ポッキリの人生だもん、いろいろ考えた末の結論よ、  ヘラヘラしてるようでも考えるとこは考えてんのよ……ほい着いた(急ブレーキ)。 由香: ゲフ……痛いでしょ、急ブレーキかけたら。シートベルト食い込んじゃったよ。 瞳: 見てみぃ、この山頂からの夜景……。 由香: うわあ……。 瞳: もちょっと晴れてたら、都心の方まで見えんだけどね。  間 瞳: あたし、この夜景見て決心したんだ。 由香: この夜景で? 瞳: うん、この夜景の下にあたしはいない……。 由香: え? 瞳: だって、見てるあたしは、この山の上。 由香: ハハ、そういう意味? でも、そんなの簡単じゃん。  山から下りて、家の明かりの一つもつけたら、この素敵な夜景のワン・ノブ・ゼムになれるじゃん。 瞳: 千三百万分の一のね……デジカメの画素以下。あたしなんか、いてもいなくてもいっしょ。 由香:タソガレ通り越して、暗闇じゃんよ。 瞳: 違う、楽になれたのよ。 由香: え? 瞳: あたし一人が抜けても、この夜景には何の影響もない……  だったら、あっさり抜けちゃってもいいんじゃないかって。  それなら、学年末まで義理たてなくても、きりのいい二学期末でおさらばしてもいいんじゃないかって……  あたしがいなくても辞めてく奴は辞めてく。  多少もめることにはなるかもしれないけど、この千三百万の明かりの、ほんの一つのささやかなエピソード  (歌う)ケ・セラ・セラ、なるようになる……と、アララ……。 由香: どうしたの?
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加