アレックス・三木

2/4
前へ
/30ページ
次へ
「学校はどうだった。」 校門前の道路に高級車を横づけして、運転席の窓を少しだけスライドさせると、ラルフローレンの真っ赤なシャツに黒いサングラスでキメたおじいちゃんが顔を出した。 「うん、まあ上々。来月サッカーの試合に出れることになったんよ。」 「おお、そうか。おじいちゃんも見に行かないかんなあ。」 家族で話すときは、基本的に日本語を話す。アレックスの父も祖父も西日本の方の方言が混ざっている。僕たち兄弟の日本語もその影響を受けている。 「それじゃ、チビたちを迎えに行こうか。」 「安全運転でね、おじいちゃん。」 日本からアメリカに来たばかりの頃、おじいちゃんは慣れない右側通行で事故を起こしそうになったことがあるそうだ。僕がまだ小さかった頃の話で、覚えてはいない。交通事情だけじゃなくて、パパの結婚に合わせてアメリカに来たばかりのころは、何もかも日本と違って大変だったらしい。それにカリフォルニアは日本人の観光地として人気のハワイなんかと違ってほとんど日本語が通じないから、特にストレスだったって。今ではなんとか簡単な単語とジェスチャーを駆使してスーパーの店員や学校の先生たちともコミュニケーションをとっている。だから、苦労もしたとは聞いてるけど、少なくとも、僕の記憶の範囲ではおじいちゃんはロサンジェルス生活をずっと満喫していたし、辛そうにしているおじいちゃんなんて、僕は一度も見たこと無い。 今日の車のBGMは、小田和正だった。ポップアートやヤシの木が並んだストリートには、そぐわないなと思ったけど、おじいちゃんには言わなかった。ワンダイレクションでも流した方がよっぽど合うんじゃないだろうか。彼らも今ではもうアメリカの懐メロになってしまったけど。小田は歌声が柔らかすぎて、眠くなりそうだ。 おじいちゃんは基本的に、AIの自動音声機能をオフにしている。音楽が流れている中で機械がしゃべるのが好きじゃないんだそうだ。康平パパが心配してAI搭載車に改造してもらったけど、AI機能の中でおじいちゃんが活用してるのは、目下自動ブレーキぐらいだ。まあ、僕も実際あの機械的な音声やヒヤリハットの警告音はあまり好きじゃない。それならまだ、西海岸の風景にそぐわなくても、小田和正のバラードの方が断然耳に心地良い。 ぼーっと道路を眺めていると、ホットパンツにキャミソールのラテン系美女が目に入った。最高。しかし、かけてるサングラスといい、肩から下げたブランドのバッグといい、地元の人ではなさそうだ。四月以降、観光客の数も確実に増えてきている。サンタモニカの夏は最高だけど、観光客にはうんざりだ。ただしホットパンツは大歓迎だけど。 「ここの夏は、本当にキレイやなあ。」 僕も日本の夏を何度か経験したことがあるけど、日差しがやたら強いくせにじめじめと蒸し暑く、とても我慢できるものじゃなかった。おじいちゃんの実家は、某県の山奥にある。そこまで行くと街中よりは空気が澄んで、かなり気持ちよかった。いつか日本の桜を見に行かないと。お城や神社を見に行くのもいい。日本はキレイな国だと思う。ただし、夏は絶対にサンタモニカの方がいい。カラリとした陽気と突き抜けるぐらいの高く青い空の燦燦と輝く太陽は日本では絶対に見られない。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加