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「まさか男の子にまで焼きもち妬くとは思ってなかったけどね。旭くんって龍の友達にいないタイプだし、あの子がやけに大切にしてるみたいだから、焼きもち妬くのもわかるかな?」
歩は嫉妬しているわけじゃなく、旭のような冴えない人間が龍生の友人になるのが嫌なだけだ。そう思ったが、旭はなにも言わなかった。茉莉に言ったところで変な気をつかわせてしまうだけだろう。
「龍くんがあゆちゃんを好きになればいちばんいいのにね。あの子、どうしてだかあゆちゃんのことは恋愛の対象外みたいなんだよねえ。子供のころから知ってるせいかな」
龍生も前に同じことを言っていた。それがほんとうなら龍生の好きな相手は歩ではないということになる。
誰なんだろう、鳥谷くんの好きな人……。
学校の女子なのか、それとも学校とは別のところで知り合った相手なのか。いくら考えたところで旭にわかるはずもない。
しばらくすると龍生と虎正がリビングに戻ってきた。ふたりの後ろから楓がふっさりした尻尾を振りながらついてくる。
「と、鳥谷くん、大丈夫……?」
旭は思わず龍生に駆け寄った。龍生は顔を顰めて腰をさすっている。悲鳴を上げていたくらいだ。よっぽど痛い目にあわされたに違いない。
親切心から旭を家に招いたばかりに、兄弟から誤解されて、挙げ句に喧嘩にまでなってしまった。こんなことになるとわかっていたら龍生がなんと言おうと断ったのに。
旭は泣きたい気持ちに襲われたが、どうにか涙を呑みこんだ。
「あー、平気平気。んな泣きそうな顔しないでよ。バカ虎にプロレス技かけられるのなんて慣れっこだもん」
龍生は困ったように微笑むと、旭の頭をぽんぽんと叩いた。
「あれ、あゆとふー姉は?」
「あゆちゃんなら帰ったよ。ふーちゃん、あゆちゃんを送ってったみたい」
「旭、おまえの仇は俺が取ってやったからな」
虎正は大きな手でVサインを作り、旭へ向かってにかっと笑った。
「あ、ありがとうございます」
つい礼を言うと、龍生はショックを受けたように後ろへよろめいた。
「茅野ちゃん……俺のことを仇だって思ってたんだ……」
「えっ、あっ、違うよ! そういう意味じゃなくって」
虎正につられただけで、本心からありがたいと思ったわけじゃない。龍生に恨みがましげな目で見つめられて、焦りがますます募る。
「どうしたら茅野ちゃんに許してもらえんの? 俺のこと罵倒してもいいよ。殴ってもいいし、プロレス技かけてもいいよ」
後ろへよろめいたかと思うと、今度は旭との距離をじりじりとつめてくる。旭は思わず後退った。
「お、おれ、怒ってないし、悪いのはおれなんだから、そんなことできないよ」
「嘘つかないでよ。虎にありがとうって言ったじゃん。心の底の底では俺を恨んでるんでしょ?」
「ち、ちが……」
龍生はたじろぐ旭にはおかまいなしに前へ前へと進んでくる。
ふたりのようすを面白そうに観察している茉莉、眠そうに大欠伸している虎正、寝床作りに取りかかっている楓と先ほどから寝てばかりいる藤。
ふたりを取りなす者は誰ひとりどころか一匹としておらず、旭は違った意味で泣きたい気持ちにかられたのだった。
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