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十二月一日 憧れの人
教室のドアを開けて入っていくと、数人のクラスメートが視線を向けてきた。入ってきたのが茅野旭(かやの あさひ)だとわかった途端、興味を失ったように視線は離れて、それぞれの会話へもどっていく。
旭は俯きがちに机と机の間を歩き、無言で窓際の席に腰を下ろした。誰も旭に話しかけようとしないし、旭も話しかけようとしなかった。
旭には友人がひとりもいない。
旭を端的に語るのなら「地味な少年」だ。
野暮ったい黒髪にこれといった特徴のないおとなしい顔立ち。小柄で身体つきも細いので、余計にひっそりして見える。
旭は何をするでもなく、窓の外をぼんやりながめた。
友人のいない旭はホームルーム前や休み時間をいつも持て余す。だからといって友人が欲しいとは思わない。友人を作ったところでどうせすぐに嫌われる。だったらずっとひとりのままでいい。
人に好かれない性格は生まれつきだ、と旭は思っている。がんばって話しかければ「うっとうしい」「うるさい」と叱られ、おとなしくしていると今度は「陰気くさい」と罵られる。人に嫌な思いをさせないためには誰にも近寄らないでいるしかないと、旭は子供のころから悟っていた。
旭の人格を形作ったのは父親だった。
父親はひとり息子の旭を忌み嫌っている。父親の気を惹きたくて話しかけても無視されるか叱られるか、いつもそのどちらかだった。
けっきょく父親は旭そのものが嫌いなのだ。好かれようといくら努力したところで旭が旭であるかぎり、父親は疎ましそうな視線しか向けてこない。
どうしてなんだろうと考えて出した結論が(おれは人から嫌われる性格をしているんだ)というものだった。
両親が離婚したのは小学校三年生のとき。それからの六年間、旭は父親の顔色をうかがいながら暮らしてきた。
そんな生活も去年の冬で終わりを告げた。父親が再婚することになったからだ。
(新しいお母さんと同じ家じゃあ、おまえも気をつかうだろう? もう子供とも言えない年齢だ。この際、ひとり暮らしをしてみてはどうか、って思っているんだが)
めずらしく父親から話しかけてきたのは、秋から冬へ移り変わろうとしているころだった。
息子に対しては常に辛辣な父親だったが、あのときばかりはさすがにばつの悪そうな顔をしていた。新しい妻を迎えるかわりに前妻との子供を放り出すのだ。外聞の悪さを気にしたのかもしれない。
再婚相手はすでに妊娠中とのことだった。だから尚のこと前妻との息子が邪魔になったんだろう。
(わかった。家を出て独り暮らしをするよ)
旭が素直に聞き入れると、父親はあからさまに安堵の笑みを浮かべた。
もう長いあいだ目にしたことのなかった父親の笑顔。
……ああ、この人はおれが目の前からいなくなるのが嬉しいんだ。そんなにもおれが邪魔なんだ。
あのとき胸に刺さった鋭い棘は今もまだ抜けないままだ。
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