十二月六日 かじかむ指先のために

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十二月六日 かじかむ指先のために

 寒い日が続いていた。  旭は花のバケツを抱えて店の外へ運んだ。旭に続いて出てきた実春も、旭と同じく大きなブリキのバケツを手にしている。 「しっかし、寒いなあ。この季節、花は長持ちするけど人の身には堪えるよね」  実春はアスファルトにバケツを置くと、冬空を見上げた。時刻は午後四時をまわったところ。空はすでに夕刻の気配を漂わせ始めている。 「実春さん、雑用はおれがひとりでやりますから」  旭は実春に言ったが、 「このごろ力仕事は旭くん任せになってるから、余裕のあるときくらいはやらないとさ。身体もなまっちゃうからね」  笑って返されてしまうと、重ねて言うことはできなかった。  少しでも実春の役に立ちたい。ほんとうは旭のような花のことを何も知らない子供じゃなくて、花に造詣のある大人を雇いたかったはずだ。旭を雇ってくれたのは同情心からだとわかっている。わかっているから尚のこと少しでも実春の役に立ちたかった。  旭は斜め向かい側の店へ視線を向けた。洋菓子屋の前、色とりどりの風船を配っているトナカイが視界に映る。  昨日もらったレモン色の風船には、その洋菓子屋の名前が書かれていた。  旭のアパートにぷかりと浮かぶ黄色の風船。天井の風船が目につく度に、思わず小さな笑みが浮かぶ。  旭はもう高校生だ。それなのに風船を欲しがっているように見えたことが、渡すためにわざわざ旭の前まできてくれたトナカイが、おかしくて嬉しい。  風船のお礼にあの洋菓子屋さんでケーキを注文しようかな。旭はそう考えた。でも、それではトナカイへの直接の礼にはならない。 「さあ、店に入ろ。ま、店の中も外とあんまり変わらないんだけどさ」  旭は指先に息を吐きかけて手を擦り合わせると、実春に促されるままに店の中へ入っていった。  陽が暮れるころ、旭の仕事は終わる。  平日の上がりは二十時ごろだったが、週末は昼過ぎからアルバイトに入るため夕方で上がりの時間になる。  旭のことを気づかってのシフトなんだろうが、本音を言えば休日ももっと遅くまで働きたかった。ひとりぼっちの部屋よりも、色彩に溢れたこの店のほうがずっと居心地がいい。  そんな我が侭が旭に言えるはずもない。お疲れ様でしたと実春に告げると、商店街をのろのろと歩いていった。
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