十二月八日 物言わぬあなたへ 物言わぬサボテンを

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十二月八日 物言わぬあなたへ 物言わぬサボテンを

 夕暮れ――  旭は丸椅子に腰かけて、クリスマスカラーのリボンを指先へ巻きつけていた。暇を見つけて花束用のリボンを作っておいて欲しいと、実春から頼まれたのだ。  金色の縁取りがほどこされた赤と緑のチェックのリボン。くるりと巻いて輪っかを作り、蝶々結びに似た形を整えていく。形が整ったら、結び目にワイヤーを通して、それで完成だ。  旭は新しくできたリボンを、足下にある箱の中へ入れた。その場その場でリボンを作っていては時間がかかるので、暇なときにまとめて作っておくのだ。  最初はひとつ作るだけでも時間がかかったが、このごろはずいぶん手早く作れるようになった。  実春は今日もまたフラワーアレンジメントの仕事で都心のホテルへ出かけている。店にいるのは旭ひとりだったが、植物に囲まれているせいかひとりという気は少しもしなかった。  店は優しく美しい気配に包まれている。  店の引き戸が開く音が聞こえて、手元から顔を上げる。  てっきり客かと思って反射的に「いらっしゃいませ」と口にした後で、入ってきたのが客ではないと気がついた。  少年のような服装をした小柄な少女が、入り口に立って店内をながめている。  この近所に住んでいる子で、以前はときどき留守番を頼んでいたらしい。今も旭がアルバイトにこない日は、彼女が留守番役を引き受けているとのことだ。  実春の姿がどこにもないことに気がついたらしく、少女はレジの奥に座っている旭へ目を向けた。 「ハルは?」  ハルというのは実春の愛称らしい。馴染みの客や店をおとずれる知人たちは、実春を「ハル」あるいは「ハルさん」と呼ぶ。 「実春さんなら、いまアレンジメントの仕事で出かけてるよ」  旭がそう答えると、少女はつまらなそうに「ふうん」と呟いた。  この少女が実春を――それが恋愛的な意味なのかどうかまではその手のことに疎い旭にはわからなかったが、気に入っていることは旭も気づいていた。  彼女からしてみれば旭は邪魔な存在なのではないか。旭がこの店で働くようになってから、彼女が留守番を頼まれる回数は確実に減ったはずだ。  ささやかな罪悪感を抱いているせいで、彼女を前にするとつい肩が小さくなってしまう。  すぐ帰ってしまうかと思ったが、少女はきょろきょろと首をめぐらせながら店の奥へ歩いていった。棚に飾られている寄せ植えが目に止まったらしく、指先で葉をかすめながらポインセチアやシルバーリーフを見つめている。  旭はしばらくの間、少女の斜め後ろ姿を見つめていたが、もう話しかけてくる様子もなかったためリボン作りを再開した。  赤、緑、雪を模する白、それに金色と銀色。クリスマスシーズンの街を彩る色彩は鮮やかで色濃いのに、不思議とけばけばしさは感じさせない。落ちついた色合いだ。  足下ではヒーターがちりちりと微かな音を立てている。視線を落としていても足音で少女が花をながめながら店をゆっくり移動しているのがわかる。 「ッ――」  リボンの生地が荒れた指先にひっかかり、小さな痛みが走った。  思わず指の動きを止める。見れば指先にうっすらと血が滲んでいる。  旭は暗い瞳で己の指先を見つめた。荒れた指。この指を見ると、つい龍生のことを思い出してしまう。
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