十二月一日 憧れの人

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 高校生活は淡々と過ぎていった。  友人はいないものの周囲から疎まれることもない。いるかいないかわからない大人しいクラスメート。望み通りの立ち位置。  友人なんていらない。ひとりぼっちのままでいい。誰かに嫌な思いをさせた挙げ句に嫌われるくらいなら、ひとりのほうがずっとマシだ。  孤独だけれど平和な高校生活。それが卒業まで続くものだと思っていた。なのに――  窓際のいちばん前の席でどっと笑いが湧き上がる。  旭は机に落としていた視線を上げた。 「ちょっと龍生、あんたってほんとに馬鹿」 「馬鹿って言う人が馬鹿なんですー」  龍生と呼ばれた少年は行儀悪く片膝を立てて机に腰かけている。浮かんだ笑顔は屈託がない。  旭はその顔をそっとながめた。  鳥谷龍生(とりや りゅうせい)。旭のクラスメート。  整髪料でごく自然に整えられた髪。手足がすらりと長く、クラスの中ではバスケットボール部員に続く長身だ。紺のブレザーにダークグレーのスラックスというありふれた制服も、彼が身につけると様になって見える。  何よりも繊細でいて男らしく整った顔立ちが人の目を惹きつける。  旭は龍生のことを一年生のころから知っていた。一年のときは別のクラスだったが、龍生はただ廊下を歩いているだけでもとにかく目立つ。旭とは対照的な少年だ。  今も龍生を中心に女子男子問わず人が集まり、にぎやかな会話を繰り広げていた。  いいなあ……と心で呟く。  誰とでも気軽に会話のできる龍生が羨ましい。どうすれば彼みたいに人の心へあっさり入っていけるんだろう。  いちばん後ろの席からそっとながめていると、龍生が振り向いた弾みに視線が合った。  しまった。  慌ててうつむいたが、龍生が今まで浮かべていた笑みをさっと消して、かわりに意地の悪い笑みを浮かべたのを視界の端に見てしまった。  心臓がどくどくと鳴る。太腿の上の手が無意識に拳を作る。  机を見つめてじっとしていると、前の席ががたりと揺れる音がした。旭はそれでも顔を上げなかった。 「かーやのちゃん、おはよ」  すぐ近くから龍生の声が聞こえて心臓がびくっと竦み上がった。 「……お、おはよう」 「えー、なにー、聞こえないんですけどー」  笑みを含んだ声は明るいくせにどことなく意地の悪い響きがある。旭にだけ向けられる声。それに表情。  龍生に絡まれるようになったのは二学期が始まってすぐのことだ。  龍生が話しかけると他のクラスメートたちまで旭に視線を向けてくる。できるかぎり目立たないようにしていてもこれでは無意味だ。悪目立ちだけはしたくないのに。  どうして龍生が旭に絡んでくるようになったのか。  きっかけはわからない。一学期の間は旭がこっそり龍生を盗み見るくらいで、言葉を交わしたことすらなかった。それなのに。
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