君と僕の願い事

21/25
637人が本棚に入れています
本棚に追加
/86ページ
 日付が変わる十五分ほど前、会社勤めをしているという茉莉の恋人が家まで茉莉を迎えにきた。  茉莉がいなくなると、芙蓉はそろそろ休むと言って自室へもどっていった。虎正は眠気が限界まできたらしく、とっくに部屋へもどってしまっている。 「俺たちもそろそろ神社に向かおっか。着くころには年が明けてるだろうし」 「うん、そうだね」  ふたりはジャケットやマフラーで身を固めると、鳥谷家を後にした。  外に出た途端、寒風が吹きつけてくる。吐息が蒸気のように白く濁る。  けっきょく龍生にプロレス技をかけることなく、あの場はどうにか収まった。旭の困り果てた態度を目にして溜飲が下がったらしく、 「ま、嫌がってる人に無理強いするのはよくないよね」  龍生は微笑んでそう言うと、あっさりと身を引いた。どうやら揶揄われていただけらしいと気づいたのは、安堵の溜め息を吐いた後だった。  夜中の住宅街はしんと静まりかえっている。静かだが、灯りのついている家はちらほらとある。きっと中では家族が楽しげに笑い合い、新年の訪れを待っているに違いない。  来年のいまごろはどうしてるんだろ……。  今年は龍生のおかげでひとり年を越さずに済んだが、来年はそうもいかない。  父親たちと過ごせるのか、それとも来年こそひとりきりなのか。想像すると胸の奥底に冷たく暗い塊が生まれた。  不意に龍生が立ち止まった。旭もつられて立ち止まる。 「どうしたの?」  龍生はジャケットの袖を軽くまくり上げ、腕時計に視線を落としている。小さく口の中で三、二、一、と呟いたかと思うとパッと顔を上げた。 「茅野ちゃん、あけましておめでと」  眩しいくらいの笑顔を向けられて、旭は目を瞬かせた。  どうやらたったいま新しい年に切りかわったらしい。 「あ、お、おめでとう」  龍生は笑みを浮かべて旭をじっと見つめている。その視線に途惑う。 「な、なに……?」 「今年最初に目にしたの、茅野ちゃんだな、って思ってさ」 「あっ、ご、ごめん」  思わず謝ると、龍生は小さく吹き出した。 「なんで謝んの? 俺、今年はいい一年になりそうだなーって思ってたのに」  笑って言うと、ふたたび暗い夜道を歩き始める。  どうやらがっかりさせてしまったわけではなさそうだ。旭は龍生に気づかれないようにそっと息を吐き出すと、龍生の後をついていった。  静かだった住宅街も神社が近づくにつれて通行人の姿が目立ち始める。すでにお参りを済ませてきたらしく、破魔矢を手にしている人たちもいる。  龍生の案内した神社は、鳥谷家から歩いて十分ほどのところにあった。それほど大きな神社ではないが、境内は参拝客たちでなかなかのにぎわいを見せていた。鳥居の両脇では篝火が赤々と燃え盛り、お守りやお神籤の売店には行列もできている。  旭は龍生と共に参拝の列に加わった。 「なんか不思議じゃない? 俺と茅野ちゃんが新年をこうやって過ごしてるなんてさ」 「うん……不思議だね……」  一週間前までは龍生とまともに会話ができる日がくるとさえ思っていなかった。なのに、こうして年をまたいで隣にいる。  新学期が始まっても仲良くできたらいいな……。  龍生はいつだって友人たちに囲まれている。新学期が始まったら声をかけるのさえ難しいかもしれない。
/86ページ

最初のコメントを投稿しよう!